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(脇田栄一社長=左=と新入社員の橋本奈央子さん)
「アトレ」は、フランス語で、魅力ある、という意味なのだそうです。心が豊かになる魅力ある住まいづくりをする、という思いからつけた社名です。
不動産とひとくちにいいますが、この会社はいろいろな種類の不動産をとりあつかっています。土地を仕入れて新築のマンションや一戸建てをつくって売る。新築マンションを買い取ってインテリアなどをコーディネートして売る。中古住宅をまったく新しいものにリフォーム、リノベーション(再生)する。不動産の証券化といわれる事業。その他、紹介するだけで疲れてしまうほど、いろいろしています。
でも、社員は17人です。ということは……、そうです、この会社に入社してがんばっていけば、ありとあらゆる不動産の知識、ノウハウが身についてしまうのです。入社したら組織の歯車になってしまいかねない大企業では考えられない「特典」です。
中小の不動産会社でおそらくここまで多角化しているとことは、ないと思います。むしろ、おおくの場合は、新築マンションだけ、といったひとつの分野に特化しています。
では、この会社はなぜ、たくさんの事業をしているのでしょう。脇田栄一社長(46)は言います。
「ひとつの事業に特化してがんばっても、チャンピオンになれるとは限りません。いくつもの、そして他社より半歩先の事業をいくつもしていけば、そのうち一つはチャンピオンになれると思うのです」
「いまは『新築の分譲マンション』という事業があります。でも、世の中の移り変わりは早く、5年後には、この事業は世の中にないかもしれません。もし、この事業に特化していたとしたら、どうでしょうか。あわてて他の事業に手を出したところで、付け焼き刃の対応しかできないでしょう」
だから、「脱・特化戦略」を進むのだそうです。
脇田社長は10代のころ、将棋のプロ棋士を目指していました。でも、勝負の世界、それは厳しい。同じ世代には、羽生善治名人らがいました。チャンピオンでなれなければ意味がない将棋の世界を、肌で感じ、脇田さんは思いました。
「10番にはなれるかもしれない。でも、ぜったいに一番にはなれないんだ」
絶望にも似た思いだったそうです。なので20歳で将棋に見切りをつけ、会社をつくって不動産の仕事をはじめ、そしていまがあります。
「脱・特化戦略」には、もうひとつ狙いがあります。社員が成功体験を味わうチャンスを増やすことです。
みなさんも勉強やスポーツ、サークル活動などで目標をたてたでしょう。目標を達成したとき、めちゃくちゃうれしかったでしょう。
そんな成功体験をえるために、みなさんは努力をしつづけたと思います。それは、地味で苦しい努力だったかもしれません。でも、成功したとき、自分自身の成長を感じたと思います。自信につながったと思います。
17人で、たくさんの事業をするわけです。ということは、各事業の担当者は2~3人とかです。各事業は、さまざまな案件を抱えています。ということは、おおくの成功体験を味わうチャンスがある、ということです。
大きな会社で、大きなプロジェクトが成功したとしても、あなたの自信にはつながらないと思います。あなたは組織の歯車でしかないのですから。
たくさんの成功体験を経験できる。それが中小企業の面白さなのです。
さて、この会社では、新卒採用に力をいれはじめています。この春は4人。不動産の仕事は、答えがでるまで時間がかかります。土地を仕入れ、設計図を描いて、建設しはじめて、完成して、お客さんに販売して、さらに、アフターケアも。3年、5年、10年、いやもっとかかるかもしれません。そのとき試されるのは、信頼される社員であるかどうか、ということです。不動産に関する豊富な知識をもとに、お客さんに責任をもって対応できるかどうか、です。
そこで、若いみなさんが期待されているのです。努力をつづけ、5年、10年、20年といくつもの成功体験をへて成長してもらえば、おのずと会社も成長しているはずですから。
この4月に入社した橋本奈央子さん(24)は、希望していた中古住宅のリノベーションの部門に配属されました。京都外国語大学でスペイン語を学んだとのこと。ということは、不動産の知識はなかったんですか?
「はい、リノベーションに興味があった、というだけで、知識はゼロです」