「キャスティングボート」を握る
10月27日に総選挙が行われ、これまで与党だった自民党、公明党がともに議席を大きく減らし、2012年以来維持してきた過半数を割りました。自民、公明がこれまでどおり与党となっても、法案や予算を成立させるためには野党の協力をとりつけなければならず、日本の政治の枠組みは大きくかわりそうです。
野党第一党の立憲民主党は50議席増の148議席となりましたが、こちらも過半数には届かず、単独で政権交代を起こすには至りませんでした。そんななか注目されるのが、公示前から4倍の28議席に勢力を拡大した国民民主党です。自民+公明、立憲民主とも過半数を取れなかったため、国民民主がどちらにつくかによって政策の方向性が決められる状況になったわけです。こういう状態のことを、「キャスティングボートを握る」といいます。朝日新聞の調査だと、比例区で国民民主党に投票した20代の割合は自民や立憲民主をおさえてトップと、特に若い世代に支持者が多いことがわかっています。これからの日本の行く末を左右することになった国民民主党はどういった政策を訴えているのか、改めてまとめてみます。(編集部・福井洋平)
(写真・当選確実の候補者に花をつける国民民主党の玉木雄一郎代表=2024年10月27日/写真、図版は朝日新聞社)
20代で比例投票先のトップに
国民民主党は前回、2021年の総選挙では11人が当選していますが、その後所属議員の離党などがあり今回の総選挙直前は7議席のみでした。なぜ、ここまで勢力が伸びたのでしょうか。
要因のひとつは、若者層からの支持を集めたことです。総選挙では、有権者は候補者名を書く小選挙区と政党名を書く比例区の2票を投じます。このうち比例区について、朝日新聞が27日に行った出口調査を分析したところ、20代で国民民主に投票した割合は26%で前回の9%を大きく上回り、自民党(今回20%、前回40%)を抑えて「比例第1党」となっています。30代でも国民民主は21%(前回7%)で、21%(同37%)の自民と並んでいます。立憲民主党は20代、30代とも15%で、国民民主を下回っています。
「手取りを増やす」キャッチフレーズ
国民民主は今回の総選挙で、「手取りを増やす」をキャッチフレーズに、経済政策の訴えに力点を置いていました。ネット広告にも力を入れていたので、国民民主の玉木雄一郎代表とこのキャッチフレーズが大写しになったバナーを選挙期間中ご覧になった方も多いのではないでしょうか。
今回の選挙では、経済財政関連で下記のような公約を掲げていました。
・賃金上昇率が物価+2%に達するまで、増税や社会保険料アップ、給付削減などはせずに、消費税を10%から5%に減税する。
・基礎控除等の合計を103万円から178万円に引き上げ、年少扶養控除を復活させる。
・ガソリン補助金を延長するとともに、トリガー条項の凍結を解除し、ガソリン・軽油価格を値下げする。
また、「最低保障機能を強化した新しい基礎年金制度への移行を検討」「第3号被保険者や配偶者控除を見直す」といった、社会保障制度の見直しもかかげています。
(写真・記者会見で質問に答える国民民主党の玉木雄一郎代表=2024年10月29日)
基礎控除引き上げで減税効果
増税、社会保険料アップの停止や消費減税はわかりやすい政策ですが、基礎控除の引き上げとは何でしょうか。
基礎控除とは、所得税にかかわる仕組みです。勤め人の場合、年間の給与所得から基礎控除として103万円を引いた額を基準に所得税が課せられます。また、103万円を超えなければ、所得税は課せられません。国民民主はこの基礎控除を178万円まで引き上げることで、幅広い働き手にとっての減税を実現すると訴えているのです。就活中のみなさんにとっても、今後の生活に直結する政策です。
基礎控除については、俗に「103万円の壁」と言われる問題も指摘されています。現在は親や配偶者の扶養家族になっている人が103万を超えて働くと扶養から外れ、親や配偶者の所得税が増えてしまいます。そのため、アルバイトやパートで103万円を超えない範囲で働くという学生や主婦もいます。国民民主は基礎控除引き上げでこの問題にも対応するとしています。いずれの観点からも、特に若い世代の人たちにとってはライフプランに大きな影響が出る政策といえます。
また、トリガー条項とは、ガソリン税が高くなりすぎた場合にガソリンにかかる税金の一部を一時的に免除して価格を下げるという仕組みです。2011年の東日本大震災以降、政府は復興財源確保のためにトリガー条項を現在まで凍結しており、国民民主党はこの凍結を解除してガソリン価格を下げることを以前から訴えています。こういった独自色の強い政策をもとに「手取りを増やす」というわかりやすいキャッチフレーズを押し出したことが、物価高に賃金上昇がなかなか追いつかない状況下で受け入れられ、今回の躍進の要因になったと考えられます。
財源の議論はこれから
今回国民民主党がキャスティングボートを握ったことで、基礎控除見直しなど国民民主の訴える政策が取り入れられる可能性は高まったといえます。みなさんの生活にも少なくない影響が出ると考えられます。国民民主が躍進し、減税や社会保険料軽減など財政の出動につながる政策が増えると見込まれることから、総選挙後最初の取引となった10月28日、日経平均株価は上昇しました。ただ、手取りを増やす政策を実現するためには当然ながら財源が必要で、それをどこから引っ張ってくるのかという議論はこれからです。朝日新聞の記事では、国民民主の減税案だと年間35兆円程度の所得税と住民税の税収のうち、8兆円規模の税収が失われる可能性があると指摘しています。見通しなく減税を行えば、結果的に将来の増税、負担増にもつながりかねません。将来のことを考えて、今後の政治の動きをウォッチしていく必要があると感じます。
国民民主党は、かつて2009~2012年まで政権を担った民主党を源流とする政党です。かつて民主党にいた政治家の多くが移った立憲民主党と違いを際立たせるためか、「対決より解決」「国民生活に現実的に向き合う」ことを掲げてきました。日本の政治はながらく「保守」(自民党)vs「リベラル」(社会党、民主党、立憲民主党)という二極対立の構図が続いてきましたが、今回の国民民主のようにどちらにもくみさない「中道」と言われる政党が勢力を伸ばして政局の構図に影響を与えることも繰り返されてきました。1992年に誕生した日本新党は翌年の総選挙で35人が当選し、最終的に自民党以外の政党による連立政権が誕生、自民党が野党となる政権交代につながりました。自民党は1999年以降、中道政党の公明党と連立して政権運営をするようになり、公明党の意見が政策に影響を与えています。前回の総選挙では日本維新の会が11人から41人に勢力を伸ばし、国民民主同様、キャスティングボートを握る存在となっています(維新は今回は38人に減らしています)。国民民主党は自民党を脅かす存在になるのか、自民党の補完勢力になるのか。これからどういう存在に成長していくのか、注目したいところです。
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