総裁就任後に株価暴落「石破ショック」
自民党の石破茂新総裁が10月1日、首相に就任し、石破政権がスタートしました。石破首相はすぐに衆院を解散する意向で、10月27日に衆院議員を決める総選挙が行われる予定です。最大野党の立憲民主党も野田佳彦・元首相が新代表になり、総選挙は新しい代表同士の争いとなります。
政治の動きをみるうえで注目したいのが「経済政策」です。石破氏が自民党総裁に選ばれたのは9月27日金曜日ですが、翌週月曜日の30日に日経平均株価は一時2000円を超えるほど大きく落ち込み「石破ショック」とまで言われました。一方、為替市場では一時的に急激に円高が進行しました。アベノミクス以降、国の政策が株式市場、ひいては日本経済の動向に与える影響は拡大しています。石破政権のもとで日本経済はどうなるのでしょうか。さらには政権交代がもし起こったら……。就活対策としても今後のビジネスを考えるうえでも、ぜひ関心をもってニュースをチェックしてほしいと思います。(編集部・福井洋平)
(写真・記念写真に納まる石破茂首相(中央)と閣僚ら=2024年10月1日午後、首相官邸/写真・図表はすべて朝日新聞社)
アベノミクスで金融緩和、株価上昇すすむ
そもそも、なぜ「石破ショック」は起こったのでしょうか。カギとなるのは、石破氏の「アベノミクス」に対する考え方です。改めて「アベノミクス」について整理します。
アベノミクスとは2012年に発足した第2次安倍晋三内閣が掲げた経済政策です。当時、日本はものの値段が下がり続ける「デフレ」状態が長くつづいていました。ものの値段が低いままだと一般的に企業の業績はあがらず、景気の低迷につながります。アベノミクスは大規模な「金融緩和」と、「財政出動」「成長戦略」を軸に、デフレ状態の脱却をめざしました。
このうち金融緩和とは、国の金融政策を担う「中央銀行」(日本の場合は日本銀行)が行う政策のことで、おおざっぱにいえば世の中に出回るお金の量をふやし、いろいろな人がお金を借りやすくする政策です。中央銀行が設定する「政策金利」を引き下げる方法が一般的なのですが、日本はすでに政策金利をぎりぎりまで下げていたため、日本銀行は国が発行する借金証書である「国債」や上場投資信託(ETF)を買い取るなどして世の中に出回るお金の量をさらに増やす「量的緩和」を実施しました。
世の中に出回る円の量が増えれば、円の価値は下がり円安になります。一般的に円安になれば①海外で稼いだお金が円に換算すると増えるため、海外売上高が大きい企業の利益が伸びる②日本で作ったものを海外に売る際に安く売れるため、競争力が高くなる というメカニズムで、輸出企業の業績はよくなります。近年、自動車メーカーや商社の業績が好調なのは円安の影響が大きいです。日本の経済を牽引する企業には輸出企業が多く、円安は株価の上昇にもつながりました。
また、日本銀行が買い入れた上場投資信託(ETF)は14年間で40兆円近くに上ります。日銀が日本株の最大の株主と言われるほどの規模で、株価を下支えしました。
(写真・アベノミクスは経済大国復権をめざした=2013年参院選・自民党選挙公約資料)
アベノミクスの副作用目立つように
アベノミクスにより業績が伸びた企業も多く、日本の株価も上昇しました。ただ、近年は副作用も無視できなくなってきました。
ひとつは物価高です。円安が進むと、海外からものを買って日本で売る場合の値段は高くなります。日本はエネルギー資源や食料品の多くを海外からの輸入に頼っているため、円安が進むとこういったものの値段が上がります。さきほど書いたようにアベノミクスは円安につながり、エネルギー資源や食料品など、輸入に頼っている身近な商品の値上がりしました。そこに、ロシアのウクライナ侵攻や中東情勢の悪化など世界情勢の不安定感が強まり世界的に物不足と、物価が上がる「インフレ」が進行。日本の物価高も加速したことはご存じのとおりと思います。本来、インフレはそれに伴って企業の業績もあがり、人々の給料もあがって消費も増えるという好循環をもたらすのですが、日本の給料は物価高に対応できるほど十分にあがっておらず、国民の不満は高まっています。物価高を抑えるためにアメリカなどは政策金利を上げる方針に切り替えましたが、日本は低金利政策をつづけていました。
また、日銀が国の借金である国債をどんどん買い入れることで、政府も借金の返済をあまり気にせずどんどん国債を発行。国がかかえる借金の総額は1千兆円を超え、世界最悪水準の財政状況ともいわれています。金利が安すぎることで、経営の苦しい企業がお金を借りて延命しやすく、新しく成長力のある企業が伸びてこなくなり、企業の「新陳代謝」が進まなくなるという側面も指摘されています。
石破氏は自著で低金利政策への批判も
岸田政権下で、日本銀行は今年3月に植田和男総裁が「普通の金融政策を行っていく」「異次元の(金融)緩和は終了」などと明言。アベノミクス路線からの脱却に踏み切りました。
今回の自民党総裁選で石破氏と決選投票を争った高市早苗・前経済安全保障相は、アベノミクスの継承を訴えていました。総裁選の最初の投票では高市氏がリードしていたことから、金融緩和政策が続くとみて、一時的に株価は上昇しました。
一方の石破氏ですが、自著では金融緩和に一定の効果を認めつつも、超低金利の下で企業が本来支払うべき金利を負担しなかったなどと批判。また総裁選では、金融所得に対する課税を強化する方向での見直しや、「法人税は上げる余地がある」として引き上げ検討の可能性にも触れました。これらの政策はアベノミクス見直しにつながるもので、短期的には企業業績の悪化につながると考えられ、石破氏が決選投票で勝利したことで株価が一気に下落した――というのが、今回の石破ショックの原因です。また、高市氏優勢のときは金融緩和政策に期待して円安も進んでいましたが、こちらも石破氏が勝ったことで一気に円高に振れました。
(写真・総裁選時の高市早苗氏=2024年9月21日)
野田・立憲代表はアベノミクスを批判
石破氏は総裁就任後のインタビューで、金融緩和の方向性は維持すると発言。金融政策は日銀にまかせるといった発言もあり、いきなり政策を大きく変える可能性は低そうです。株価も暴落した翌日には反転して上昇し、為替も円安に振れています。ただ、イスラエルを軸とする中東情勢の緊迫化もあり、今後の値動きは不透明な状況です。石破政権がアベノミクス路線を大きく転換して金融引き締めを加速するのか、自身の理念を飲み込んでこれまでの金融緩和政策を維持するのか、日本の経済全体の動きにもかかわるだけに折に触れてチェックしたい動きです。
10月27日に予定されている総選挙で立憲民主党が勝てば、政権交代となります。新代表となった野田佳彦元首相は、「アベノミクスは失敗だった」「マーケットを壊した」と明言しています。また、野田氏は首相時代、自分が主導する形で消費税の増税を決めました。昨年の朝日新聞のインタビューで「人口減や高齢化が進む日本の社会保障制度を支えるのが、消費税です。その基本的な考え方は、いまも間違っていないと信じています」と語っています。自民党政権との違いを打ち出すためにも、金融・経済政策については大きく変換する可能性もあります。
今年の秋は総選挙にくわえて11月にアメリカ大統領選もあり、政治イベントが目白押しです。米中関係やロシア、中東情勢など国際関係への影響ももちろん気になりますが、政治の変化が経済に与える影響についても就活生はぜひチェックして、就活に必要なビジネスセンスを養ってください。
(写真・立憲民主党新代表の野田佳彦氏=2024年9月23日)
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