加速する円安「歴史的な局面」
いま、日本では歴史的な円安水準が続いています。円安は輸出企業にとっては追い風で、過去最高益を出した企業が続出しています。一方で、輸入する品物は高くなり、物価高が進んで家計の負担は膨らむ一方です。賃金も少しずつあがっていますがまだ物価高の水準には届かず、生活が苦しくなっていると感じる局面も増え、日本経済の足かせになっているとも指摘されています。
輸出産業が国の中心だった日本はながらく、輸出品が売れなくなる円高を敵視し、円安を歓迎してきました。いま、日本ははじめて円安の加速と向き合うことになり、「歴史的な局面」と評価するエコノミストもいます。国民生活のクビをしめるような円安をもたらさないためには、これから大きな変革が必要とみられています。日本経済の浮沈を決めるかもしれない円安について、ぜひ正しく理解して、就職活動にのぞんでください。(編集部・福井洋平)
(写真・6月14日の対ドル円相場は一時1ドル=158円台まで円安が進んだ=東京都中央区/朝日新聞社)
金利が高い国の通貨は高くなる
まず、円安とは何か。基本を整理します。
・円安とは、日本の円の価値が外国通貨より低くなることです。逆に高くなることは「円高」といいます。特に明記がなければ、アメリカ・ドルとの関係を指します。
ドルと円とをいくらで交換するかという交換レートは日々変化します。1ドル=100円で交換できていたのが1ドル=110円に変わった場合、1ドルを得るために日本の円がたくさん必要になるため、円の価値が下がった=円安になった、と表現します。逆に1ドル=90円になった場合は、円高です。2021年1月4日の円相場は1ドル=103円程度でしたが、いま6月20日の円相場は1ドル=158円程度となっており、ここ数年で大幅に円安が進んだことがわかります。
・円とドルの交換レートは、ざっくりいえばそれぞれの通貨の需要と供給によって変化します。日本円が欲しい人が多くなれば円高になり、ドルが欲しい人が多くなれば円安になります。もしアメリカの経済が好調な一方、日本の経済が低迷している場合、アメリカは金利も上がることが予想されます。そうするとドルを持っていたほうがお金が増えるので、円をドルに換える動きが強まる=円安になる、という動きになります。ただこれはあくまで単純な例で、実際には国際情勢や他国との関係などさまざまな要因でレートは上がり下がりします。
(イラストはPIXTA)
円安は輸出企業にプラス
・円安のメリットは、輸出企業がもうかることです。円が安くなるので、日本で作った商品を海外で安く売ることができ、売り上げの上昇につながるのです。逆に円高のときは輸出企業は商品が割高になるので売り上げが苦戦します。
・円安のデメリットは、輸入品が高くなることです。日本は食料品やエネルギー資源などの多くを輸入に頼っているため、円安がすすむと物価があがります。
・円高や円安が急激にすすむと経済に悪影響が出ます。それを抑えるために政府と日本銀行が行うのが「為替介入」です。円やドルなどの通貨を外国為替市場で大量に売買することで、円高を抑えるために行う「ドル買い円売り」と、円安を抑えるために行う「ドル売り円買い」の2種類があります。
リーマン・ショックで円高に
円高、円安をめぐるここ40年の歴史を振り返ります。
・日本は輸出企業が経済を牽引しているため、これまで円高は忌避されてきました。歴史をひもとくと1985年、日米欧の先進5カ国がドル高是正をめざした「プラザ合意」によって、1ドル=240円前後から翌年には150円前後まで一気に円高がすすみました。それまでの日本の景気をささえていたのは、安い円を追い風に安価な商品を輸出して成長してきたメーカーです。円高はその成長を止めるとみられ、政府は国内の消費を活発にして輸出に頼らない経済成長をはかるため、円高を止める政策をとりました。これはバブル経済につながり、やがてバブルは破綻。日本は長く物価があがらない「デフレ」期に入ります。デフレは円高につながりやすく、政府はその後も円高をとめるためにたびたび為替介入を繰り返してきました。
・2008年に「リーマン・ショック」が起き、世界全体が不景気になりました。このとき欧米は大規模な金融緩和に踏みきり、市場にたくさん資金を出して景気回復をはかりましたが、日本は金融緩和には慎重な姿勢をとりました。金融緩和は通貨の価値を下げる効果もあるため、円の価値は相対的にあがり、円高が急激に進みました。2011年の東日本大震災で復興事業により円の需要が高まるとみられ、円高はさらに進行。この年10月には1ドル=75円台という戦後最高値をつけます。国内産業は冷え込み、雇用の悪化も続きました。
・流れを変えたのが2012年に始まった「アベノミクス」です。異次元と称される金融緩和で円は安くなり、雇用状況も回復しました。株価も上昇を続けます。
いまの円安は日本経済の実力を反映?
現在の急激な円安の原因は、日本とアメリカの金利の差です。
2022年にはじまったロシアとウクライナの戦争を機に、世界的に物価が高騰をはじめました。ヨーロッパやアメリカは物価を抑えるため、金利を引き上げて市場に出回るお金を減らす金融引き締め政策をすすめました。しかし日本は、金利をあげるとふたたびデフレになってしまうとして、金利上昇に消極的でした。その結果、日米の金利差は大きく開き、円を売ってドルに換える動きが進んで、円安が急激に進むことになりました。
もともとアベノミクスでは金融緩和で円が安くなり、輸出企業の業績があがり、日本経済の底上げにつながりました。いま進行している円安により、最高益を計上する企業が続出しています。しかし冒頭に書いたように、物価高に追いつくほどの賃金上昇にはまだ至らず、国内の消費は鈍り、円安のデメリットが際立っています。ある大学教授は朝日新聞のインタビューに対して、日本は円安になっても輸出が伸びない産業構造になっていると指摘します。長く続いた円高期に生産拠点を海外に移す動きがすすみましたが、円安局面になっても多くのメーカーが日本国内よりも海外への投資を重視し、生産拠点の国内回帰は進みませんでした。いま加速する円安は、日本経済の実力そのものが低迷していることが背景にあるとこの教授は指摘しています。低い生産性、デジタル化の遅れ――、円安の進行は、こういった日本経済の弱点に正面から向き合わざるを得なくなるきっかけになるかもしれません。就活や今後のキャリアプランを考えるうえで、これからもぜひ円の動きには注目してください。
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