政府が身辺調査して情報にアクセスできる権限与える
「セキュリティークリアランス」(適性評価制度)について知っていますか? これは、国の安全保障にかかわる重要な情報に接する公務員や民間企業の従業員に対して、政府が身辺を調査したうえで、情報にアクセスできる権限を与える制度です。5月10日に、制度を導入する法案が参院本会議で可決され、成立しました。過去の犯罪歴や借金の状況、飲酒の節度まで調べられる予定といいます。
入る会社によっては、みなさんが将来この制度の対象者になることも十分に考えられます。政府が詳細な個人情報を握ることになるわけで、慎重な運用が求められます。対象になってから「何、その制度?」とならないよう、いまからこの制度について知識をもっておきましょう。将来仕事をするうえで、役に立つときがくるはずです。(編集部・福井洋平)
(イラストはPIXTA)
「特定秘密保護法」で適性評価制度が導入される
まず、なぜそんな制度が必要とされているのかについて説明します。
国の安全を守るためには、たとえば自衛隊が持っている武器の詳細や暗号の中身、スパイやテロ防止のための情報など、外部に漏れてはいけない情報を保護する必要があります。そのために2013年に成立したのが「特定秘密保護法」です。防衛、外交、スパイ行為、テロリズム防止の4分野について「特定秘密」を指定し、取り扱いのルールを定めました。この法律ができたことで同盟国などからの信頼度を高めることができ、重要な情報のやりとりもしやすくなりました。米中関係やロシア、中東など世界の情勢が緊迫するなか、国のゆくすえを左右する情報を保護する必要性はさらに増しています。
この特定秘密保護法で導入されたのが、適性評価制度です。犯罪歴や精神疾患、飲酒についての節度、借金の有無など経済的状況などを調べ、秘密を漏らすおそれがないと判断された人だけが特定秘密を取り扱いできるようにしました。酒に酔って余計なことをしゃべったり、借金などの弱みにつけこまれて秘密をばらしたりする可能性はないかということまで調べるということです。現在、適性評価を受けて秘密を取り扱う人は約13万人いて、その97%が公務員です。
この仕組みを国防に関する分野から経済分野に広げようとするのが、現在審議されている法案(重要経済安保情報の保護・活用に関する法案)です。この背景には、AIや宇宙、半導体など先端技術の開発が進み、どこまでが軍事用でどこまでが民間用か線引きをすることが非常に難しくなってきていることがあげられます。軍事目的に転用されるかもしれない技術などについても、保護する必要が高まっているのです。
(図表は朝日新聞社)
対象は民間人に一気に広がる
法案が成立すれば日本の情報セキュリティーに関する国際的な信頼度があがり、「これまで外されていたかもしれない先端技術に関わる国際共同開発や研究への参加も可能になる」と政府はメリットを強調しています。経団連も、制度がなかったために国際共同開発に参加しにくかったり、共有される情報の幅が制限されるおそれがあったりするとして、導入を前向きに評価しています。企業にとってはビジネスチャンスが広がるきっかけになるかもしれません。
同時に、適性評価=セキュリティークリアランスの対象者は、これまでほぼ公務員だったのが電気や通信といった基幹インフラ企業従業員など、民間人に一気に広がると予想されています。就活生のみなさんにとっても、他人ごとではないということです。家族の国籍、本人の犯罪・懲戒歴、飲酒の節度、借金などの状況が調査対象となります。政府は特定秘密保護法での調査項目を参考に詳しい内容を決めるとしていて、過去10年の海外渡航歴や税金の滞納歴も調べられる可能性があります。企業が候補者の名簿を担当の各省庁に出し、調査は内閣府が行い、担当省庁が評価を下すという流れになります。調査は本人の同意が前提なので、断ることもできます。
「不合格」なら従業員が不利益になるかも?
この制度についてはいくつか懸念も指摘されています。ひとつは、調査を断ったり「不合格」になったりした従業員が、本人の望まない部署に異動させられるなど不利益をこうむる可能性があることです。現状、法案には企業側にそういった不利益な扱いをしないようにさせる明確な規定はありません。高市早苗経済安全保障相は記者会見で「適性評価の結果のみで(従業員に)不利益な取り扱いをするなら、(企業との)契約も当然打ち切る」と語っています。企業側の動きは注意してみる必要があります。
また、どういう情報が保護される対象になるのかについても、政府はサイバー攻撃対策関連などを例示するだけで法案には書き込まず、細かいことは成立後の運用基準で決めると先送りしています。先端技術は日進月歩で、保護する情報をすべて事前に決めることは難しいとはいえ、あまりにブラックボックス状態では不安が残ります。法案では対象者に外国への情報漏洩を疑われるような動きがあるかないか調査するとしており、自身以外にも家族や父母、配偶者の父母、同居人などの氏名、生年月日、国籍の調査が含まれます。ただ、調査の範囲について政府は「対策を講じられるおそれがある」として詳細を明らかにしておらず、親戚や交遊先にどんな国籍の人がいれば問題視されるかといった「合否基準」も示していません。運用面であいまいな部分を残していると、政府側が好き勝手に運用したときに歯止めがきかなくなります。
(写真・記者会見で質問に答える高市早苗経済安保相=2024年3月26日/朝日新聞社)
政府の運用は折にふれてチェックを
特定秘密保護法のときは反対運動が高まって、国会では当時の野党第一党だった民主党が反対にまわりました。今回は、野党第一党の立憲民主党は賛成にまわっています。特定秘密保護法から10年を経て国際情勢はいっそう緊迫化し、重要な情報を守るためにプライバシーがある程度管理されるのもやむをえないという考えが浸透した結果、ともいえます。企業にとってもビジネスチャンスが広がるわけですから、反対する理由もなさそうです。ただ、政府が好き勝手に制度を運用し、中国など外国からの脅威を強調することで、余計な排外主義をあおったりする危険性も否定できません。それは結局、国のためにはならないのです。自分たちのプライバシーを渡すからには、政府にもいいかげんな対応をさせないよう、折にふれてチェックし続ける気持ちが必要と感じます。
一方で、もし自分が調査対象になった場合、借金歴やお酒の飲み方もチェックされるということも覚えておいていいかもしれません。特にお酒に関してはほぼ自己責任ですので、将来のキャリアプランにさしさわりがないようにコントロールしていきましょう。
(写真・参院本会議で「セキュリティークリアランス(適性評価)制度」を導入する法案の趣旨説明を終え自席に戻る高市早苗経済安全保障担当相(左)。右は岸田文雄首相=2024年4月17日/朝日新聞社)
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