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2023年06月28日

教育

大学に「年3%」の成長を要求 「国際卓越研究大学」制度を知っておこう【時事まとめ】

年数百億円を大学に支援

 「国際卓越研究大学」という名前を聞いたことはありますか? 国が10兆円規模の資金を準備し、世界トップレベルと評価される大学づくりを支援する制度のことです。支援を受ける大学となるためには審査があり、現在は東京大学京都大学東北大学の3校に候補が絞られ、秋ごろ正式に決定するそうです。

 大学の研究力があがれば、ビジネスへの波及効果も期待できます。しかしこの制度には、さまざまな問題点も指摘されています。これからのビジネスを考えていくうえで、日本の大学支援制度について理解を深めておくことはとても重要です。(編集長・福井洋平)

(写真・東京大学の安田講堂=東京都文京区)

候補は東京大、京都大、東北大に絞られる

 改めて、「国際卓越研究大学」の制度をおさらいしておきましょう。

 10兆円規模の資金を国が用意すると書きましたが、10兆円を1年で大学に一気に交付する、というわけではありません。この資金をもとに「大学ファンド」を科学技術振興機構(JST)につくり、これを株式債券で運用。年3千億円程度の運用益を見込み、そこから1大学あたり年数百億円を最長25年間支援します。東京大学の2021年度の経常収益(企業の「売上高」にあたります)が2641億円ですから、ここに年数百億円の支援金が入ればかなり大きなインパクトになることは確実です。

 制度ができた背景には、日本の研究力が年々低下していることがあります。

 文部科学省の分析では、大学や企業などの研究開発費はアメリカ、中国に次いで3位ですが、論文数はこの20年で2位から5位に、引用数が各分野のトップ10%に入る「重要論文」数は、20年で4位から主要7カ国(G7)で最低の12位にまで後退しています。変化のスピードが加速しているなか、より豊かで成熟した社会をつくっていくには、研究力の強化は欠かせません。そのため、「国際卓越研究大学」の制度ができたのです。

大学に年3%の成長を要求

 支援をうける大学に選ばれるためには、おもに3点の審査ポイントがあります。

1 国際的に優れた研究成果を生み出せる研究力
2 年3%程度の事業成長など、意欲的な事業・財務戦略
3 大学運営の体制づくり

 1の基準としては、直近5年間で注目度が高い「トップ10%論文」の数が1000本以上あることなどが挙げられています。また、3では大学に大胆なガバナンスの改革を求めており、特に学内外の委員で構成し、学長の選任・解任から長期経営戦略の決定など大きな権限を持つ「合議制の機関」の設置を要求しています。

 文部科学省が昨年末から公募を始め、10大学が応募しました。

大学に年3%の成長を要求

 たいへんいい話のように思いますが、いくつか問題点も指摘されています。

 ひとつは、支援金のもとが「運用益」となっていることです。年3千億円の運用益を出すというハードルは低いものではありません。JSTは昨年運用をはじめましたが、昨年度上半期だけで1881億円の評価損が出ています。短期的な運用結果だけで一喜一憂すべきではないですが、運用益が出なければ助成はできないという仕組みでは、安定的な大学運営の助けとなるかは疑問符がつきます。

 また、大学側に年3%の成長を求めていることも懸念材料のひとつです。25年間で事業規模が倍になる数字で、かなり高い要求です。そのため、とにかく稼げる研究、政府や産業界から資金を得やすい研究が重視され、その他の研究が軽視される結果にならないか、不安視されているのです。大きな権限をもつ「合議制の機関」も設置されるため、政府や産業界の意向を大学側が忖度(そんたく)してしまい、「学問の自由」や「大学の自治」が失われるのではないかという懸念もあります。

「選択と集中」で大学の研究力は落ちたのに

 そもそも、大学の研究力が落ちた原因は、政府がすすめてきた「選択と集中」政策によるものだという指摘があります。2004年に国立大学が独立法人化。人件費などにあてられる「運営費交付金」を削り、そのかわりに国の審査を受けて勝ち取る「競争的資金」を増やしてきました。

 その結果、何が起きたか。審査で有利な一部の大学に資金が集中し、多くの中堅大学は資金難にあえぐようになりました。人材の確保にも苦しみ、研究室の維持も難しい状態になっています。また、競争的資金の柱のひとつにイノベーションを目指す研究費がありますが、細かな個別テーマが設定されており、予算の使い道がかぎられ、頻繁に成果報告を求められます。現場の教員は予算獲得のための雑用がどんどん増え、研究に割く時間も削られているといいます。

 目に見える成果をあげないと評価もされないため、研究テーマも短期的に成果が出せそうなものに限られてきます。自然の原理の発見や新しい物質の発見など、いわば「0から1を生む」研究ともいわれる「基礎研究」への注目度は落ちる一方です。しかし、大きなイノベーションを起こすには本来、基礎研究の底上げは欠かせません。2019年にノーベル化学賞を受賞した吉野彰さんは、「百に一つのとんでもないリターンを生み出すイノベーションには、真理を探究する基礎研究が必要」と語っています。日本はいま、その研究を後押しできる制度をつくれているのでしょうか。

(写真・講演する吉野彰さん=2022年8月、宮崎市)

高い関心をもって政策チェックを

 今回の「国際卓越研究大学」制度も、あきらかに研究力の強い一部の大学に資金を集中させる仕組みです。そこにさらに人材が集中し、他の大学が沈没してしまっては、「選択と集中」路線の二の舞になりかねません。

 大学側もこうした批判の声に危機感をもっており、たとえば東京大学は独自に学問の多様性を表す指数を設定。「人文・社会科学など、必ずしもすぐに成果につながらない分野も支援する」と表明しています。地方大学への支援を検討する大学もあります。

 しかし国は、「選択と集中」路線の総括も検証も十分にしているとはいえません。今回も目に見える成果だけを大学に追い求め、結果としてさらなる研究力の低下を招かないとも限らないのです。国のイノベーション力の低下は、最終的には国全体の力の低下にもつながります。これから社会に出て行くみなさんはぜひ高い関心をもって、国の大学支援政策をウォッチしてください。また、自分の通っている大学でどんな研究がされているのかチェックしてみると、面接の時に話の種になったり、社会人になってからビジネスのきっかけにつながったりするかもしれません。

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