献花の列と反対デモ
安倍晋三元首相の国葬が、賛否渦巻く中で行われました。たくさんの人たちが献花のために長蛇の列をつくった一方、「国葬反対」を唱えるデモにも大勢が集いました。非業の死を遂げた安倍氏を弔う気持ちは共通していても、「国葬」という形にこだわった結果、国民を大きく分断してしまった岸田文雄首相の責任は大きく、内閣支持率は急落しました。内外に課題が山積する中、その政権運営に不安が広がっています。喧噪(けんそう)の中での国葬は終わりましたが、その是非、決め方、16億円超という税金の使い方、安倍元首相の実績に対する評価、「世界平和統一家庭連合(旧統一教会)」と自民党を中心とした政治との関係など多くの宿題が残り、これからも議論が続くでしょう。みなさんの周りでも、どこで話題になるかわかりません。「分断国家日本」にしないためにも、今回の国葬は何が問題だったのか、今後の課題は何なのかを整理します。(編集長・木之本敬介)
(写真は、安倍元首相の国葬で献花台に献花する各国代表ら=2022年9月27日、東京都千代田区の日本武道館、代表撮影)
そもそも「国葬」とは?
そもそも国葬を定めた法律はありません。戦前には「国葬令」がありましたが、1947年の日本国憲法の施行に伴い廃止されました。憲法と同時に施行された皇室典範という法律では、天皇の葬儀である「大喪の礼」を内閣が執り行うことが定められています。これは国葬ですね。ところが、首相経験者の葬儀の形式には明確な基準がないため、その時々の政権が判断してきました。戦後の国葬は1967年の吉田茂氏だけ。当時最長の7年8カ月にわたり首相を務め、ノーベル平和賞も受賞した佐藤栄作氏の時も国葬が検討されましたが、法的根拠がないことなどが問題視されて見送られました。この時は政府、自民党、国民有志の主催による「国民葬」になりました。1980年に死去した大平正芳氏以降は「内閣・自民党合同葬」が慣例となりました。
拙速な決定・あいまいな法的根拠
岸田首相が国葬実施を発表したのは、安倍氏が凶弾に倒れてからわずか6日後。高い支持率で長期政権を築いた安倍氏の非業の死を国葬で弔うことには、多くの国民の支持を得られると考えたのでしょう。自民党内の保守派などからの「国葬にすべきだ」との声を受け、保守派をつなぎとめたかったからだとも言われています。内閣府設置法によって政府が行う「国の儀式」としてなら閣議決定で実施できるという理屈で決めました。しかしこの決定に対しては、多くの専門家から法的根拠があいまいだとの疑問の声が上がりました。立法を支える衆議院法制局も「決定過程に国会の関与が求められているということが言えるのではないか」と指摘。憲法上の根拠として、国会が国権の最高機関で全国民を代表し、行政を監視する立場にあることや、内閣が行政権の行使にあたり国会に責任を負うことを挙げています。多額の国費を使うのに国会を無視して決めていいのか、という重要な指摘でもあります。
(写真は、安倍元首相の国葬で追悼の辞を述べる岸田首相=2022年9月27日、東京都千代田区、代表撮影)
定まらない安倍氏の評価
岸田首相は国葬とする理由として、①憲政史上最長の8年8カ月にわたって首相を務めた ②東日本大震災からの復興や経済再生、日米関係を基軸とした戦略的な外交を主導するなどの業績を残した ③各国で様々な形で敬意と弔意が示されている ④選挙活動中の死であり、暴力には屈しないという国としての毅然(きぜん)たる姿勢を示す――の4点を理由に挙げました。
ただ、安倍氏の実績に対しては国内外に高く評価する声がある一方、安全保障や経済政策については批判も多く、首相退陣から13年後の国葬だった吉田氏と違い、評価が定まっていません。安倍政権には「森友・加計学園」「桜を見る会」など行政の公正性を揺るがす問題もありました。当初「弔意を国全体として表す」としていた岸田首相は批判を受け、国民に弔意表明を強制しないとトーンダウンしましたが、法的根拠があいまいな儀式に多額の税金を投入する国葬への反対論は強まりました。国会を無視して拙速に決めたことに野党も反発。国会の閉会中審査でも、首相は同じ説明を繰り返すだけ。一度決めた国葬を取りやめることによる混乱を心配したのかもしれませんが、首相が自負する「聞く力」は発揮されず、立憲民主党、共産党などは国葬を欠席しました。加えて、容疑者が安倍氏を狙った動機として浮上した旧統一教会問題は、今でも多額の献金に苦しむ人が多くいることが日を追うごとに明らかに。その問題を抱えた団体と自民党をはじめとする政党・政治家との関係の根深さも深刻であることが分かり、ことに安倍氏が中心的な役割を果たしていたとの疑念も高まりました。
国葬反対が56%
この間、国民の間に国葬反対論が高まりました。朝日新聞の世論調査では、国葬について8月の「賛成41%・反対50%」から、9月には「賛成38%・反対56%」へと反対が半数を上回りました。国葬に関する首相の説明には、9月調査で「納得できない」が64%で、「納得できる」23%と大差がつきました。岸田内閣の支持率は41%で、8月調査の47%から続落。不支持率は39%から47%に増え、初めて不支持が支持を上回りました。参院選直後の7月調査で57%あった内閣支持率は2カ月で大きく下落しました。国葬の決め方、説明、旧統一教会問題などに対する岸田内閣の対応を見ながら、世論が反対に傾いていったことがよくわかります。
150万人が見送った大隈重信の「国民葬」
賛否の中での国葬によって浮上した課題には、これから取り組まなければなりません。まずは今回の国葬決定のプロセスや費用の問題点を検証し、今後の日本の国葬の基準やあり方について決めることです。日本維新の会は、事前に国会の承認を得るなど国葬の手続きを定める法案を提出する方針です。ただ、どんな政治家にも功罪があり、その実績に対して賛否がある以上、基準を決めるのは容易ではありません。今後は大きな実績をあげた政治家であっても、国葬ではなく「国民葬」でいいじゃないか、という結論になるかもしれません。戦前に首相を務めた早稲田大学創立者の大隈重信の国民葬では、会場の日比谷公園に30万人が参列、早稲田の大隈邸から日比谷の沿道でも150万人の群衆が見送ったといいます。上からの押しつけではない一人ひとりの自然な弔意の表れでしょう。いずれにせよ、国民の多様な意見を受けて国会でしっかり議論して結論を出さなければなりません。
(写真は、一般献花に向かう人たち=2022年9月27日、東京都千代田区/政府は28日、一般献花者の人数が最終的に2万5889人だったと発表した)
調べもせずに「限界」?
旧統一教会の献金問題や政治との関わりについては、さらに調査が必要です。安倍氏と旧統一教会との関係について岸田首相は「本人が亡くなられた今、その実態を把握することには限界がある」と調査しない姿勢ですが、調べもせずに「限界」もないだろうとの批判が出ています。岸田首相の「聞く力」の真価が問われます。
(写真は、国会議事堂前で国葬反対の声を上げる人たち。主催者発表で1万5000人が集まった=2022年9月27日、東京都千代田区)
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