H&Mやナイキに不買運動
中国の新疆(しんきょう)ウイグル自治区での人権侵害問題が、日本企業を揺さぶっています。米国はウイグル族に集団殺害や強制的な不妊手術などの弾圧が行われているとして「ジェノサイド」と認定し、欧州連合(EU)も農業や製造業で強制労働が行われていると指摘。EU、米国、英国、カナダが対中制裁を発動しました。対する中国は人権侵害を否定して猛反発。新疆産の綿を使わないと発表したり人権侵害への懸念を表明したりしたスウェーデンのアパレル大手H&Mや米国のナイキなどの不買運動が起こり、中国のネット通販からH&Mが消えました。一方、ユニクロの綿シャツが、強制労働をめぐる米政府の輸入禁止措置に違反したという理由で、米国への輸入を差し止められていたことが5月になってわかりました。多くの日本企業にとって中国は主要な生産拠点であるとともに最重要市場でもあり、欧米と中国の間で大揺れです。ウイグル問題の「基本のき」を学びつつ、人権とビジネスの問題について考えます。(編集長・木之本敬介)
(写真は、トルコ・イスタンブールの中国総領事館近くで中国当局に拘束されているウイグル族の解放を訴える人たち=2021年3月10日)
米国がユニクロ輸入差し止め
ユニクロの綿シャツの米国への輸入が差し止められたのは今年1月。綿シャツの原料に、中国共産党の傘下組織「新疆生産建設兵団(XPCC)」が関わった綿が使われている疑いがあるといいます。米政府はXPCCが関わる綿製品の輸入を禁じています。ユニクロを展開するファーストリテイリングは「サプライチェーンにおいては、強制労働などの深刻な人権侵害がないことを確認しています。綿素材についても、生産過程で強制労働などの問題がないことが確認されたコットンのみを使用しています」と否定のコメントを出しましたが、強制労働なしに生産されたという証拠が不十分だとして認められていません。
(写真は、ファーストリテイリングが中国で展開するユニクロの店舗=2021年4月、北京市)
日本の14社の対応は
オーストラリアのシンクタンク「豪戦略政策研究所(ASPI)」が2020年3月に発表した報告書は、グローバル企業82社がウイグル族を強制労働させた中国の工場と取引していると指摘。うち日本企業は、日立製作所、ソニーグループ、ファーストリテイリング、ジャパンディスプレイ、ミツミ電機、TDK、東芝、京セラ、三菱電機、任天堂、パナソニック、シャープ、良品計画、しまむら――の14社でした。日本の国際人権NGOヒューマンライツ・ナウと日本ウイグル協会による調査では、無回答だったパナソニックを除く13社が「強制労働などの問題は確認されなかった」「取引がない」などと回答。この問題を記者会見で問われたファーストリテイリングの柳井正会長兼社長は「政治的な質問にはノーコメント」「人権問題というより政治的問題だ」と答えました。
こうした企業の対応について、ヒューマンライツ・ナウは「強制労働の事実が明確に否定されない限り、即時に取引関係を断ち切るべきだ」「強制労働は国際的な人権上の問題であって、『政治的』だから何も言わない、という話ではない。説明しないことは特定の民族への人権侵害の現状追認になってしまう」(弁護士の佐藤暁子さん)と批判しています。
●「ウイグル自治区における強制労働と日系企業の関係性及びその責任」(認定 NPO 法人ヒューマンライツ・ナウと日本ウイグル協会の報告書)はこちら
(写真は、日本ウイグル協会が電機メーカーなどに送った公開質問状に対する各社の回答文。取引先で強制労働の事実は確認されなかったが、一部では部品の調達網を見直す動きもある)
カゴメの決断
そんな中、カゴメの決断が注目されました。「人権問題への懸念の高まりや、品質や調達の安定性、コストなどを考慮した」(広報)として、新疆産のトマトペーストをソース類に使うのを2021年中にやめます。中国は世界一のトマト生産国ですが、カゴメはこの数年で調達を減らし、グループで使うトマトのうち中国産は1%未満になりました。売上高の大半は国内で、中国本土はグループ全体の0.4%にすぎません。対中依存度が低いため取引停止を判断しやすい状況もあったようです。
アパレル企業にはそう簡単にはいかない事情があります。中国は世界の綿生産の4分の1を占める最大の生産国で、その8割以上が世界でも良質といわれる「新疆綿」です。一方で、中国はアパレルの世界最大の消費地。世界の衣料品メーカーは、市場としても生産拠点としても中国に依存している構造です。ASPIの報告書で名指しされた日本企業の関係者は「中国と米国でビジネスを行っている以上、どちらかだけに良い顔をするわけにはいかない」とジレンマを語っています。
「ジェノサイド」の真相は?
そもそも新疆ウイグル自治区とはどんなところなのでしょう。中国の西部に位置し、トルコ系でイスラム教を信仰するウイグル族が人口の半分強の約1270万人を占めます(2018年現在)。中国語とは異なるウイグル語を使います。18世紀に中国の清朝が征服。一時独立しますが、1955年に中国の自治区となり、共産党政権が「中国化」政策を進めてきました。これへの反発からしばしば対立が起き、2000人近い死傷者が出た2009年のウルムチ騒乱をはじめ、爆発事件、政府庁舎などの襲撃事件が多発。中国政府はウイグル独立を目指す過激派勢力の「テロ」だとして弾圧を強化し、ウイグル族への「再教育」も強めました。
国際人権団体アムネスティ・インターナショナルは2018年、「再教育施設」を出て国外に逃れた入所者ら100人以上からの聞き取り調査を公表。食べ物を与えられなかったり、殴られたりしたケースがあったとし、死者も出ていると告発。国連人種差別撤廃委員会もこうした問題を取り上げました。米国務省は2019年、収容所にウイグル族ら80万~200万人以上を拘束し、虐待や拷問、殺害をしているとの報告をまとめました。衛星写真などの分析で、イスラム教の礼拝所(モスク)の破壊や閉鎖が相次いでいることも報じられています。
これに対し、中国政府は新疆で過去3年以上「暴力テロ事件」が起きていないとして、新疆統治の正当性を強調。「ジェノサイド批判は今世紀最大のうそ」と反論しています。共産党独裁体制で情報を統制しているため全体像や真相はなかなかわかりませんが、国際的な調査の受け入れや自由な取材・報道を認めない以上、中国の主張に説得力はありません。
G7で対中制裁していないのは日本だけ
日本政府は「新疆ウイグル自治区の人権状況については深刻に懸念し、中国政府に対して透明性のある説明を行うよう働きかけをしている」(加藤勝信官房長官)との見解ですが、G7(主要7カ国)で対中制裁に加わっていないのは日本だけ。政府は人権侵害のみを理由に制裁を科す法律がないことを理由に挙げます。欧米と異なり、隣国で経済関係が深い中国との対立を激化させたくないとの事情もあります。ただ、このままだと国際的な批判が日本に向く可能性も。国会では超党派で制裁を科せる法律の制定をめざす動きが本格化するなど、変化を求める兆しもあります。
政府関係者は「対応を誤れば、企業は中国の巨大市場を失う。かといって米国の呼びかけは無視できない。政府や日本企業には厳しい踏み絵だ」と語っています。企業も、原材料や部品のサプライチェーン(供給網)を多様化して、中国への依存を下げることが求められそうです。
(写真は、中国新疆ウイグル自治区の「再教育施設」の授業風景=2019年4月17日、カシュガル地区)
◆人気企業に勤める女性社員のインタビューなど、「なりたい自分」になるための情報満載。私らしさを探す就活サイト「Will活」はこちらから。
※「就活割」で朝日新聞デジタルの会員になれば、すべての記事を読むことができ、過去1年分の記事の検索もできます。大学、短大、専門学校など就職を控えた学生限定の特別コースで、卒業まで月額2000円です(通常月額3800円)。お申し込みはこちらから。