長年続いた政策が転換
日本銀行(日銀)が19日の金融政策決定会合で、大規模な金融緩和策の柱としてきたマイナス金利政策をやめました。これにより短期の政策金利は17年ぶりに引き上げられ、11年間に及んだ「異次元緩和」から大きく金融政策が転換することになります。
日本はながらくモノの値段があがらない「デフレ」状態でした。それが景気を低迷させてきたとして、金融政策を担当する日本銀行は市場に流れるお金の量をふやす「異次元」の金融緩和策を10年以上続けてきました。いま物価は上昇し、賃金も上昇の兆しを見せてきたことから、日銀は金融政策の転換に踏み切ったわけです。
長らく続いた政策の変換は、経済の動きや人々の暮らしにこれから様々な影響を及ぼすことが予想されます。社会人であれば「知らない」ではすまないニュースです。就活ニュースペーパーでも何度も取り上げてきた金融政策ですが、今回の転換点を機にあらためて基本的な知識をおさえ、今後の流れに気をくばれるようにしましょう。(編集部・福井洋平)
(写真・会見する日本銀行の植田和男総裁=2024年3月19日/写真、図版はすべて朝日新聞社)
賃金上昇が物価上昇に追いつかず緩和見送りの歴史
2023年11月の就活ニュースペーパー「長期金利が上がるとどうなるの? 就活、社会生活にも役立つ金利の基礎知識」では、日銀が将来的に金融緩和政策を見直す可能性に触れながら金融政策の基本をおさらいしています。こちらの記事の要点をまとめます。
・日本は長らくものの値段が上がらず(デフレ)、景気の低迷が続いた。
・そのため日本銀行は金利をできるだけ下げる「金融緩和」政策を続け、物価が上がる「インフレ」をおこして景気をよくしようとしてきた。
・施策のひとつが「マイナス金利政策」。記事では詳しく触れていないが、民間銀行が日本銀行に預けるお金の一部にマイナス0.1%の金利を適用する政策のこと。銀行は日銀にお金を預けるとお金が減ってしまう可能性があるため、企業への貸し出しにお金を回すようになり、市場にお金が出回ってインフレが起こると日銀は考えた。これにより、いわゆる短期金利は低く抑えられるようになった。
・そのほか、日銀は長期金利を押さえ込む政策も取り入れている。
・日銀は年2%の物価上昇を目標に金融緩和を続けてきたが、コロナ禍やウクライナの戦争の影響で世界的に物価が上昇している。
・2023年11月の段階では日銀は金融緩和政策を続けるとしていた。物価とともに上がらないといけない賃金が十分にまだ上がっておらず、安定的に物価が上がりつづけるとは判断できないというのが理由。
春闘で大幅賃上げが実現し
金融緩和には副作用もあります。
・マイナス金利政策により、銀行は貸し出しを通じて利益を上げることが難しくなり、特に経営基盤の弱い地方銀行の収益が圧迫されました。
・金融緩和を通して資金が市場に出たこともあり、首都圏の住宅は値上がりを続け、いま東京都心の新築マンションは平均で1億円を越えています。
物価上昇が続いていることもあり、金融緩和政策の転換は避けられないものと見られていましたが、後押ししたのが今年の「春闘」です。上記のとおり、日銀が金融緩和政策を続けていたのは物価とともに上がるべき賃金が上がっていない、という理由でした。物価変動の影響を除いた「実質賃金」は今年1月で22カ月連続のマイナスを記録しています。賃金が物価上昇に追いつかなければ人はものを買わず、景気はよくなりません。
しかし今年の「春闘」では、組合側の要求を上回る賃上げをする企業も現れるなど、正社員の賃上げ率は平均5.28%(前年は3.80%)に達し、日銀内の想定を大きく上回りました。賃金が上昇トレンドに乗ったとみて、日銀は金融緩和政策の見直しに踏み切ったとみられます。
住宅ローンの変動金利が今後上がる?
今回、日銀がマイナス金利政策をやめることで、何が起こるでしょうか。
・マイナス金利政策が終わることで、短期金利は今後上昇します。これは住宅ローンの「変動金利」や、企業への短期融資の基準となります。
・住宅ローンの「変動金利」は定期的に金利が見直されるもので、一定の期間もしくは支払い期間すべてにわたって金利の変わらない「固定金利」よりも金利が低く設定されています。現在、約7割の人が変動金利を選んでいますが、この金利が上がる可能性があります。
・また、企業への短期融資の金利が上がることで、企業がお金を借り入れる際の負担が重くなる可能性もあります。
日銀の幹部は朝日新聞の取材に「どんどん利上げをしていくことは考えにくい」と答えていて、しばらくは緩和的な状況が続くとの見方を示しています。そのため、金利が大きくあがってローンが支払えなくなるという状況はすぐには起きにくそうです。
しかし、今後も安心していられるわけではありません。たとえば物価がさらに上昇した場合、金融政策はいわゆる「引き締め」=市場からお金を引き上げる方向に動き、この場合金利はさらに上がることになります。長らくマイナス金利政策が続いたため金利は安いものだという思い込みが強くなっていますが、今後は経済の動向により細かく注意を払う必要が出てくると考えられます。
中小企業の賃上げ実現が景気上昇のカギ
そもそも、日銀がマイナス金利見直しに踏み切ったのは、春闘による賃上げを見て景気が回復局面にあると判断したためです。3月に日経平均株価が一時4万円を越えるなど、株価の上昇傾向が続いていることもその判断を後押ししています。
しかし朝日新聞が3月16、17日に行った世論調査では、景気がよくなったと実感しているかどうかという質問に「実感している」は、「大いに」1%「ある程度」11%を合わせて12%にとどまり、「実感していない」は「あまり」41%「全く」47%を合わせて88%に達しています。景気がよくなっているという実感がなければ、消費は上向きになりません。そこに金利上昇が重なれば、ふたたび景気が落ち込む可能性も否定できません。
景気上昇のカギを握るのは、これから本格化する中小企業の労使交渉と思われます。大手企業は春闘でかなりの賃上げを実現しましたが、働く人の7割がつとめる中小企業が賃上げを実現できなければ、国全体の景気上昇は難しいものとなります。しかし、賃上げは大手ほど簡単なことではありません。物価上昇による原材料費アップなどコストが増えていますが、そのぶん製品やサービスの価格を上げる価格転嫁が、大手企業の下請けをすることも多い中小企業の場合難しいためです。日本商工会議所の小林健会頭は「中小は、勇気をもって大手に価格交渉してほしい。賃上げの継続にはデフレマインドから変えていくことが必要だ」と訴えています。
金融政策は為替や株価の動き、景気動向を左右します。またこれまで見たように、住宅ローンや給与の動きにも関係してきます。金融政策が大きく動いたことで、今後の情勢は簡単に見通せなくなりました。日銀がこれからどう金融政策の舵をとっていくのか、ぜひ積極的にニュースを追いかけてください。
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