日米プロ野球の売上高はかつて同程度だった
10年で総額5億ドル(約750億円)――今年、WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)でも米・大リーグ(MLB)でも大活躍を見せた大谷翔平がこれから手にするかもしれない金額です。年間にならすと75億円。ちなみに日本のプロ野球チームで最も年俸を払っている(日本人選手のみ)福岡ソフトバンクホークスでも、2023年に支払った総額は約40億円ですからその桁違いぶりがわかります。
それにしても、日本とアメリカではなぜ野球で稼げる金額がここまで違うのでしょうか。実はかつてバブル景気まっただ中のころは、日本のプロ野球選手のほうがMLBの選手より高い契約金をもらうこともありました。また、球団の売上高も以前は合計1400億円前後(推定)で、1990年代半ばまではMLBと同程度だったのです。しかしいま、MLBの売上高は1兆円を超える規模に達し、日本との格差は大きく開きました。
多くの人を引きつけるプロスポーツは、大きなビジネスチャンスの宝庫でもあります。就活に際しては、スポーツをはじめとするエンターテインメント業界を希望する方も多いかもしれません。そのときに必ず考える必要があるのが、いかにしてスポーツの魅力をつかってマネタイズ、お金を生み出すかです。今回はアメリカと日本のプロ野球ビジネスの違いを題材に考えて見たいと思います。(編集部・福井洋平)
(写真・今シーズン初本塁打を放った大谷翔平=2023年4月2日、米カリフォルニア州)
ロス五輪から高騰はじめた「放映権料」
今年、プロ野球のMLBアメリカン・リーグで大谷翔平選手(エンゼルス)が2年ぶり2度目の最優秀選手(MVP)に選ばれました。投手として10勝、打者としてホームラン王を獲得という異次元の活躍ぶりで、全米野球記者協会の記者30人全員から1位票を得る満票での選出でした。大谷選手は今年、所属チームのエンゼルスとの契約が切れてフリーエージェント(FA)となり、他チームとの交渉が可能になりました。いまは年俸推定3000万ドル(約45億円)とこれでも十分高額ですが、強豪チームも参加した獲得競争でさらに跳ね上がり、750億円超という史上最高の大型契約になるという予想も出ています。
MLBがここまでの大型契約を結ぶことができる原資となっているのが、「放映権料」です。スポーツを独占的に放送できる権利につけられる値段のことで、1984年のアメリカ・ロサンゼルス五輪でこの金額が大幅に引き上げられました。ロス五輪は、スポンサーに五輪マークを独占的に使わせることで巨大な収益をあげ、いまに続く「商業五輪」の先駆けとなった大会です。これを機にスポーツのビジネス化が大きく進みました。
MLB球団の放映権料には、大きく分けて各球団が管理する地元テレビ局との契約による放映権料と、MLBが一括で管理する放映権料があります。一括管理の放映権料は米国内と、日本など海外を対象にしたものがあり、これは各球団に配分されます。大谷をはじめ、MLBには各国のトッププレイヤーが集まり、その試合は世界中で放映されます。その放映権をMLBがコントロールし、多額の収益を得ているのです。日本では球界全体で放映権を稼ぐ仕組みはなく、各球団がそれぞれ放映権ビジネスを行ってきました。
(写真・ロサンゼルス五輪の柔道無差別級で優勝した山下泰裕選手)
パ・リーグ6球団はまとまったが
日本は長らく、読売ジャイアンツの人気が全国的に見て突出し、球団間の人気の格差が大きい状況が続いてきました。MLBもニューヨーク・ヤンキースなど人気球団はありますが、その人気だけに頼ることなく、MLB全体での人気を押し上げる手を打ってきました。一例が「ぜいたく税」です。球団の総年俸額が基準額を超えると課徴金を科せられるというものです。これにより、人気と資金力のある球団に選手が集まることを防ぎ、戦力を均衡させるねらいがあります。
MLBは公式サイトでも試合のハイライトを動画で流したり、ニュースの更新頻度を高めたり、各国語版での公式サイトを開いたりと、積極的な情報発信をしている印象があります。日本プロ野球(NPB)の公式サイトは公式記録の掲示が目立ち、地味な印象は否めません。日本でもMLBを見習う動きが出ています。長らく不人気だったパ・リーグの6球団がまとまり、2007年に共同出資で「パシフィックリーグマーケティング」(PLM)を設立。インターネット配信事業に力を入れ、パ球団主催試合の配信権を一括管理する「パ・リーグTV」を立ち上げました。そのほかにも3つの配信サービスと契約し、今季の売上高は60億円に迫るといいます。ただ、パ・リーグだけではやはりビジネスの伸びには限界があります。グローバルに展開するためには、セ・リーグ公式戦や日本シリーズも含めたパッケージにするほうがよさそうだとPLMのCEOはインタビューで語っています。
(写真・合同会社説明会を開いたパ・リーグ。6球団の帽子やグッズが置かれたブースも=2018年)
MLBも野球人気低迷に手を打つ事態に
そのMLBもいま、時代に合わせた改革に取り組んでいます。
配信や世界戦略に力を入れているとはいえ、MLBの売上の主力は各チームが地元のスポーツチャンネルから得る放映権料でした。しかしインターネットの進化で、娯楽が多様化し、若者を中心にテレビ離れが急速に進んでいます。地元での放映権に頼るビジネスモデルでは、 成長が望めなくなっているのです。そこで、MLBは地理的に近いチームとの対戦数が多かった試合の組み合わせを改め、地理的に離れたチームとの対戦を増やす戦略に切り替えました。選手の負担は増えますが、たとえば大谷のようなスタープレイヤーをどのチームのファンでも見られるようになり、市場を全国、そして世界に広げることができます。
また、アメリカでは野球が「国民的娯楽」と位置づけられてきましたが、いまやアメリカンフットボールやバスケットボールの人気に差をつけられてきています。MLBトップを決めるワールドシリーズの視聴者も1試合平均1千万人前後で、40年前の3分の1ほどになっているのです。そこでMLBが打った手のひとつが「ピッチクロック」です。ピッチャーがボールを持ってから一定時間内に投球しないと「ボール」となる仕組みで、試合のスピードアップ、時間短縮効果が期待されました。これも投手にとってはかなり厳しいルール変更ですが、「タイパ(時間対効果)」に敏感な若い世代にも野球の魅力を訴えたいという思いが大胆な改革につながりました。日本でも試合時間の短縮はつねに課題となっており、ピッチクロックの導入も早晩実現するでしょう。
(写真・今季から大リーグで導入された「ピッチクロック」のタイムを計測する電光掲示板)
日本プロ野球にもまだ打つ手あり
日本では今年、春はWBCの優勝、秋は大谷翔平のホームラン王獲得、阪神タイガース38年ぶりの日本一と、野球ファンが盛り上がるニュースが相次ぎました。しかし、大谷翔平という選手がいなかったら果たしてどのくらい野球は盛り上がったでしょうか。阪神タイガースが18年ぶりに戦った日本シリーズも、関西では大盛り上がりでしたが全国的には微妙です。12球団が団結してのネット戦略、ルール見直しも含めた競技の魅力を高める施策など、プロ野球ビジネスを盛り上げていく方法はMLBを見てもまだまだたくさんあるはずです。
サッカーのJリーグを始め、バスケットボールのBリーグ、ラグビーのトップリーグなど、野球以外にもさまざまなプロスポーツリーグが日本に定着してきています。どうすればその魅力をより広げてマネタイズしていけるようになるのか。考えなければいけないことはたくさんあります。娯楽産業に興味のある方は、自分のキャリアプランを考えるうえでぜひともスポーツビジネスについてニュースをチェックし感度を高めてください。
ちなみに世界には、大谷よりもっと年俸を稼いでいるスポーツ選手もいます。プロサッカー選手のクリスティアーノ・ロナウドは今年サウジアラビアのチームに移籍しましたが、年俸が2億ユーロ(約320億円)と報じられています。日本のプロ野球全日本人選手の年俸総額(2023年)が約319億円ですから、あっけにとられるしかありません。石油大国・サウジアラビアの持つ資金が、サッカートップ選手の年俸相場を大きく引き上げているようです。サッカーではワールドカップ予選の放映権料が高騰し、11月21日に行われたアジア2次予選の日本対シリアがテレビ、インターネット配信ともなくなるという問題も出てきています。
(写真・38年ぶりの日本一を決め、胴上げされる阪神の岡田彰布監督=2023年11月5日)
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