海外パビリオンの建設進まず
2025年4月から、大阪市の夢洲(ゆめしま)で大阪・関西万博が開かれます。しかし、開催まで1年半を切ったにもかかわらず、万博の主力施設となる海外パビリオンの建設が大幅に遅れており、開幕へは「黄信号」がともっています。
大阪・関西万博の開催が決まったのは2018年のことで、コロナ禍があったとはいえ5年もたってこの状況というのはちょっと信じられないことですが、現実です。東京五輪でも国立競技場のデザイン変更やエンブレム変更に始まり、談合・汚職事件で大会組織委員会の元理事が逮捕されるなど、多くの「失敗」がありました。残念ながらいまのところ、大阪・関西万博は東京五輪の教訓を生かせていないように思います。
五輪や万博といった大型プロジェクトには、建設や観光だけでなく多くの業界がかかわります。皆さんが直接、万博をはじめこういった大型プロジェクトの関連事業に携わる可能性も十分あるでしょう。そのときに「一体何が起こっているんだ」とびっくりしないように、いま万博が陥っている苦境を理解し、「何がいけなかったのか」を自分なりに考えてみましょう。就活でもきっと役に立つはずです。(編集部・福井洋平)
(写真=大阪・関西万博の公式キャラクター「ミャクミャク」)
埋め立て地の「夢洲」で開催
まずは、大阪・関西万博についておさらいしておきましょう。
・万博とは……万国博覧会の略で、最先端の技術や未来を見据えた展示などをあつめた大規模イベントのことです。万博にはおおむね5年に1回開かれ大規模で総合的なテーマを扱う「登録博(以前は「一般博」と呼ばれていた)と、小規模で特定のテーマに絞った「認定博」(同じく以前は「特別博」)があり、今回の大阪・関西万博は日本で3回目となる「登録博」です。1970年にアジア初の万博として開かれた大阪万博は約6400万人が来場、動く歩道や電気自動車など当時の先端技術が話題となりました。その後日本では2005年に愛知万博が登録博として開催されました。前回の登録博は2021年にドバイで開かれています。開催国については、複数国が希望した場合、博覧会国際事務局(BIE)の投票によって決まります。
・開催地の「夢洲」……「ゆめしま」と読む、大阪湾内の人工島です。1977年から廃棄物や建設中に出る残土などを使って埋め立てが始められ、現在も埋め立てが続いています。島に大型のニュータウンを造る計画がありましたが、1990年代のバブル崩壊で頓挫。大阪五輪の選手村にする構想もありましたが、五輪招致ができずこちらも頓挫しました。いまは空き地が目立つ状態です。
・開催までの経緯……この夢洲を活用する方法として浮上したのが、万博とIR(カジノを含む統合型リゾート)でした。大阪府政、市政で主導権を握った大阪維新の会が東京五輪後に景気を上向かせる方策として両施設の誘致をかかげ、万博については2017年に立候補を正式決定。政府も協力し、2018年にロシアに勝って開催が正式に決まりました。IRは、万博会場のとなりにつくる予定です。
(写真・大阪・関西万博の会場となる大阪市の夢洲=2023年7月31日)
昨年9月に「間に合わなくなる」
今回の万博では、日本政府や大阪市・府、民間企業が出すパビリオンのほか、海外の政府、国際機関が企画するパビリオンが建設されます。しかし、この海外パビリオンの建設が進んでいません。万博には153カ国・地域が参加を表明。参加国・地域が自前で建てる約60のパビリオンが予定されていました。建設するには大阪市に基本計画書を出す必要がありますが、10月初頭の段階で提出しているのは8カ国、建築の許可をとったのはチェコとモナコの2カ国しかありません。各国、パビリオンのデザインには思い切り工夫を凝らしているため、建設には時間がかかります。本当に間に合うか、心配になってしまいます。なぜ、ここまでスケジュールが遅れているのでしょうか。
・原因のひとつはコロナ禍です。実は前回のドバイ万博は暑さ対策のため開催を通常より半年遅らせていましたが、コロナ禍の影響でさらに1年延期となり、2021年10月からの開催となりました。そのぶん、各国の準備は遅れました。
・もう一つの原因と考えられているのが、万博を進める日本国際博覧会協会(万博協会)のリーダーシップ不足です。日本建設業連合会はすでに昨年9月、協会に対して「間に合わなくなる」という懸念を伝え、建設手続きなどが円滑に進むよう協会が外国との間に入って調整するように要望していました。それにもかかわらず、外国からの申請は進みませんでした。
(写真・ドバイ万博会場の入り口付近=2022年3月)
「早く準備を」と言ってきたというが……
協会は「あらゆる場面で『早く準備を』と言ってきた」といいます。しかし結果はご覧の通りです。プロジェクトを進める立場になった場合、参加者の動きが鈍くスケジュールが危うくなることはよくあります。こんなときに「早くしてくださいね」と言うだけでは、プロジェクトは進みません。なぜ相手が動かないのかを探り、こちらから相手に何か働きかけて進めることはできないか方策を考え、場合によっては参加者を変更することも検討する――など、プロジェクトを進めるためにやるべきことはたくさんあります。今回、協会はどこまで当事者意識を持って手を尽くしたのかが見えていません。
埋め立て地という軟弱地盤で、災害が多いため細かな規定の多い日本の建築基準を満たしながら工事を進めるのは大きな負担だろうと考えられます。そのハードルを相手国に説明し、理解を得て、早期の準備を促してきたのでしょうか。「このままのスケジュールだと万博が開けない」ということをどれだけ相手の国に伝えて説得してきたのか、今後検証すべき点だと思います。
(写真・大阪・関西万博の会場となる人工島・夢洲=2023年8月)
2024年問題で作業も遅くなる
着工したとしても問題は山積しています。そもそも近年、半導体工場など全国で大型建設が相次ぎ、人手不足が深刻化していました。それに加えて来年度は、建設業界の時間外労働規制が強化される「2024年問題」が控えています。人手不足と残業規制で、これまでのようなスケジュールで建設を進めることが難しくなるのです。さらに、コロナ禍やロシアのウクライナ侵攻などで建築資材も値上がりし、建設を請け負う会社が十分な利益を確保できない可能性も高まっています。モチベーションが上がらなければ、建設はさらに遅れていくでしょう。
こういった現状に対して自民党の国会議員からは、万博を残業規制の対象外とする「超法規的な取り扱いができないのか」という声まで出たそうです(政府は検討を否定)。実は協会も、政府に残業規制を適用しないよう要請しています。東京五輪では国立競技場の建て替え工事が1年以上遅れて始まり、現場監督の男性が自殺、「極度の長時間労働」が原因だったと労災認定されました。その教訓を生かす姿勢が、主催者からは感じられません。
●知っていますか、物流の「2024年問題」 社会全体の問題として考える【週間ニュースまとめ5月29日~6月4日】はこちらから
大手代理店不在でノウハウもなく?
万博の進行の遅れには、東京五輪汚職によりこれまでビッグイベントを仕切ってきた大手広告代理店が関与できなくなったことも原因としてあげられています。万博のスケジュールがここまで逼迫したのはコロナ禍やロシア問題もありますが、中心となってプロジェクトを進める組織にノウハウがなく、またいろいろなニュースを判断し、プロジェクトをなんとしても進めようとする当事者意識も希薄だった、ということが理由になりそうです。
プロジェクトの遅れの原因は今後の検証を待つしかありませんが、皆さんは今回の万博の「苦境」はどの段階でどうすれば防げたのか、自分がもし携わるならどうするかを考えてみてもいいかもしれません。また、人件費の高騰や「2024年問題」といったニュースにアンテナを広げておくことも重要です。開催まであと1年半、万博が「超法規的措置」をつかうことなく開幕にこぎつけられることを祈っています。
(写真・万博開催地が大阪に決まり喜ぶ、大阪府の松井一郎知事(当時、右から2人目)ら=2018年11月23日、パリ)
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