今さら聞けない! 「基本のき」
日本銀行の次の総裁に経済学者の植田和男氏(71)が就くことになりました。安倍政権が掲げた経済政策「アベノミクス」のもとで黒田東彦(はるひこ)総裁(78)が10年間続けてきた「異次元の金融緩和」をどう修正するのか、早くも注目が集まっています。日銀はお金を発行するだけでなく、金利の上げ下げなどで世の中に流通するお金の量を調整し物価を安定させる役割を担っていて、その舵取りは私たちの暮らしや日本の経済成長の行方を大きく左右します。政策を修正して金利を上げれば、長年の低金利で苦しい経営を強いられてきた銀行には朗報ですが、影響は金融機関にとどまらずあらゆる業界・企業に及びます。そもそも日銀総裁って何をするのでしょう。今さら聞けない「基本のき」を分かりやすく解説します。(編集長・木之本敬介)
(写真・植田和男氏=2016年撮影)
学者出身は戦後初
日銀総裁は政府が任命します。政府は4月8日に任期が終わる黒田総裁の後任に植田氏を選び、国会に示しました。国会の同意を経て就任します。共立女子大学教授の植田氏はマクロ経済学や金融論が専門の経済学者で、日銀の審議委員を務めたこともあります。植田氏が正式に就任すれば32代目の総裁になります。金融政策は専門的な知見が必要で、国の経済や財政に与える影響も大きいので、戦後は1人を除いて、実務に詳しい日銀と財務省(旧大蔵省)の出身者が就いてきました。学者出身の人が総裁に就くのは戦後初めてです。2人の副総裁には、前金融庁長官の氷見野(ひみの)良三氏(62)と現日銀理事の内田真一氏(60)を充てる案を示しました。正副総裁の任期は5年です。
日銀は「物価の番人」
日銀は日本銀行法に基づく認可法人。紙幣を刷る「発券銀行」、民間の銀行からお金を預かる「銀行の銀行」、そして「政府の銀行」としての機能をもつ日本の中央銀行で、政府の金融政策を運営しています。金融政策とは、お金を借りる際にかかる金利を上げ下げしたり、世の中に流通するお金の量を増減したりすること。物価は景気が悪いと商品が売れなくなって下がり続けるデフレに、逆に景気が過熱すると上がり続けるインフレになる恐れがあります。一般的には、世の中に流通するお金の量が少なくなると物価が下がり、多くなると上がる傾向があるといわれます。このため、不景気で物価が下がっている時は、金利を下げたり、世の中に出回るお金の量を増やしたりする「金融緩和」をして、みんながお金を使いやすくします。景気が過熱している時は、その逆の「金融引き締め」を行い物価が下がるようにします。物価の安定は世界の中央銀行の使命で、日銀は「物価の番人」とも呼ばれます。
総裁は、日銀が年8回開く金融政策決定会合の議長を務め、副総裁2人と審議委員6人とともに、計9人で金融政策を決めます。海外の中央銀行との連携も大切な仕事の一つ。総裁は日頃から他の中央銀行首脳とも連絡を取り合っていて、主要国・地域が集まるG7やG20の財政や金融当局のトップが集まる会議に出席します。
アベノミクスの一環だったが、袋小路に
この10年間を振り返ります。日銀は黒田総裁のもと、2013年から消費者や企業がお金を使いやすくして景気をよくすることを狙って、金利を下げたり世の中に出回るお金の量を増やしたりする金融緩和を続けてきました。歴史的にみて大規模なため「異次元緩和」と呼ばれます。当時の安倍首相の「アベノミクス」を支える政策で、「物価上昇2%目標」を掲げ、政府の借金である国債を大量に買うことなどで世の中にお金を流して金利を低く抑えてきました。その結果、為替相場が円高から円安に転じ、輸出企業の業績が回復。それでも思い通りには景気が良くならず、緩和策を続けてきました。
そんな中、コロナ禍による物流の混乱に加え、ウクライナ戦争によるエネルギーや食料不足で世界的に物価が急騰。2022年には欧米が金利を上げる中で日本だけが金融緩和を続けたことから急激な円安を招き、輸入品の価格高騰に拍車がかかりました。好景気ではないのに、直近の物価上昇率は4%台となり家計や企業に負担がのしかかっているのが今の状況です。金利を無理やり抑え込む政策はもう限界との見方が強まっています。この間、日銀が持つ国債が多くなりすぎたという問題もあります。緩和を長く続けた結果、日銀が保有する国債は発行残高の半分以上を占めています。国債の市場が健全に機能しなくなっているほか、政府の借金に対する歯止めがなくなり、財政の規律が緩んだとの批判もあります。
ただ、低成長が続いた日本が欧米にならって金融緩和をやめれば、住宅ローンや企業がお金を借りる際の金利が上がって、景気を冷え込ませる可能性があります。物価の上昇は止めたいけれど、金融緩和は簡単にはやめられず、袋小路に陥っているのです。
慎重に「出口」探るか
黒田総裁は「異次元緩和」の限界が指摘されても、自分が始めた政策を大きく転換することはしませんでした。そこで、植田新総裁がどう「出口」を探るかに注目が集まっているのです。植田氏は就任を前に、「現状の金融政策は適切で、当面、金融緩和を続ける必要がある」との考えを示しました。金融緩和と引き締めの「バランス型」と評される植田氏は、慎重に出口を探るとみられています。
ただ、異次元の緩和をいつまでも続けるわけにはいかないことだけは確かです。政策転換で金利が上がれば、円高が進んで物価高は抑えられる一方、経済活動が鈍くなるかもしれません。円高になると、メリットを受ける業界もあれば、デメリットとなる企業もあります。日銀の政策が志望業界・企業にどう影響するのか調べてみましょう。企業研究が深まりますよ。
●日銀の利上げ、金融緩和修正って? 銀行の株価アップ、なぜ?【時事まとめ】はこちら
◆朝日新聞デジタルのベーシック会員(月額980円)になれば毎月50本の記事を読むことができ、スマホでも検索できます。スタンダード会員(月1980円)なら記事数無制限、「MYキーワード」登録で関連記事を見逃しません。大事な記事をとっておくスクラップ機能もあります。お申し込みはこちらから。