兵庫県で何が起こったのか
部下へのパワハラ疑惑が報じられ、県議会全会一致で不信任決議が可決されて兵庫県知事を失職した斎藤元彦氏が、出直し選挙で再選しました。失職当初は大変な逆風でしたが、それをはねのけて再選を果たしたわけです。県議会全員が在職にNOをつきつけた知事が、なぜ再び当選することができたのか。選挙戦も異例の展開をたどったとされており、SNSの影響や選挙報道のあり方など、さまざまな分析が重ねられています。
今回の選挙は、政治や社会のありかたが変わる大きな転換点になる予感もいたします。兵庫県以外の方もこれを機に「兵庫県で何が起こったか」に関心をもって、考えを深めるきっかけにしてほしいと思います。(編集部・福井洋平)
(写真・再選を果たし、当選証書を受け取る斎藤元彦兵庫県知事=2024年11月19日/写真はすべて朝日新聞社)
百条委員会でパワハラ、物品贈答を追求される
まず、斎藤氏が兵庫県知事を失職した経緯を振り返ります。
・今月3月、兵庫県の元県民局長(告発当時は現職)が「内部告発」を行いました。匿名で、報道機関や一部の県議に文書を配り、斎藤元彦知事の県職員へのパワハラや物品の受け取りなど「七つの疑惑」を告発したのです。疑惑の内容は具体的には以下のとおりです。
(斎藤知事に関する疑惑)
1 職員を怒鳴りつけるなどのパワハラ
2 企業から贈答品を受け取った
3 産業労働部長を連れて商議所などに出向き、知事選の投票依頼をした
(副知事<当時>に関する疑惑)
4 昨秋のプロ野球優勝パレードの寄付金集めで、金融機関に補助金をキックバックさせた
5 公益財団法人理事長に対し副理事長2人の解任を通告し、強いストレスをかけた
6 知事の政治資金パーティー券の購入で商議所などに圧力
(県幹部らに関する疑惑)
7 知事選で事前運動した
・斎藤氏は告発の存在を知ると、告発者が誰なのかを特定し、調査するように部下に指示しました。そして内部告発から半月たった3月下旬の記者会見で文書の内容を「うそ八百」と表現し、この元県民局長の退職人事を取り消し。「公務員失格」などと強い言葉で非難しています。
・県議会はこの知事の対応に批判を強め、関係者の出頭などを要請できる「百条委員会」を設置、元県民局長にも出席を求めていましたが、7月に元県民局長は亡くなりました。自殺とみられていますが、原因はわかっていません。百条委側には「個人のプライバシーに配慮した手続きで進めてほしい」と伝えていたそうです。
・告発の中身のうち、パワハラやおねだり(物品の受領)について斎藤氏は百条委員会で、県幹部に対する叱責や、勤務時間外にチャットで繰り返し指示を出したこと、付箋を机に向かって投げつけたといった行為を認め、「やり過ぎた面はある」と発言。物品の受領もあったが「良いものをもらって、自分が県の魅力を知るのも大事な仕事だ」としています。
(写真・兵庫県議会の百条委員会で証人尋問に応じ、机をたたく様子を再現する斎藤元彦知事=2024年9月6日)
告発者捜しは公益通報者保護法違反か
パワハラ、おねだり問題以外に百条委員会で大きな争点となったのが、告発を受けた斎藤氏の行動が、「公益通報者保護法」に違反するのか、という点です。公益通報者保護法は2006年に施行された、団体や企業などの不正を内部から告発しやすい環境を整え、告発した人がクビや降格といった不利益を受けないよう保護するための法律です。どんな組織でも不正がはびこるリスクはあり、組織が健全に運営されていくためには不正に気づいた人が遠慮なく告発できるという環境が必要です。内部告発者を守るため、同法では「通報者捜し」や内部告発者の「不利益な取り扱い」は禁止されています。
元県民局長の内部告発は当初は匿名による外部への告発でしたが、県側は文書の存在を把握するとこの元県民局長にあたりをつけ、県民局に出向いて業務用パソコンを持ち帰り、保存されていた文書から元局長が告発者だと特定しています。4月に元県民局長は県の公益通報窓口にも告発しましたが、県は公益通報窓口による調査を待たずに独自の内部調査をもとに元県民局長を停職処分としました。これらの行為は同法違反になるのでは――とみられているのです。
告発者の特定は必要だったのか?
斎藤氏や県側は、文書の内容に事実ではないことが含まれている、「核心部分が事実ではない」(斎藤氏)ことから文書は同法が保護対象とする公益通報にはあたらないと断定し、処分は妥当だったとしています。ただ、百条委で一連の問題の「道義的責任」を問われた際、斎藤知事が「道義的責任が何か分からない」と発言したことなどで知事の資質を問う声が日に日に高まり、県議会は9月に全会一致で不信任決議を可決。斎藤氏は失職し、出直し選挙に出ることを選択しました。
内部告発に対する県側の見解については、専門家から
・告発者を特定しなくても、告発内容を調査することは可能だったはず
・報道機関への告発も公益通報に該当する可能性が高いため、県は初期の段階できちんとした調査をすべきだった
・組織トップ、今回なら県知事の問題は独立性を担保して調査する必要があり、知事の指揮監督が及ぶ内部組織が調査したのが一番の問題
といった指摘がなされています。告発を受けた側、今回ですと知事や県側が自分たちで「この内容はウソだ」と断定して行動することは、果たして妥当だったのか。不正を「していない」と証明することは確かに面倒な作業ですが、告発者探しをするまえに出せる限りの証拠を出して正々堂々と「不正はない」と主張することは本当にできなかったのか。組織の不正に苦しんでいる人が今回の経緯をみて、萎縮して通報を諦めてしまう可能性を考えなかったのか。組織のトップとして今回の行動は「妥当」だったのかどうかについては、これから社会人になる皆さんにもぜひ考えてもらいたいポイントだと思います。百条委員会はこれからも続きますので、その結論にも引き続き注目したいところです。
SNS上でデマも飛び交う
今回の出直し選挙戦では、これまでの選挙制度では想定していなかったようなことが次々と起きました。まず、ある候補が自分ではなく、斎藤氏の当選を目的として選挙運動を展開しました。斎藤氏の演説の前後に同じ場所でマイクを握り、斎藤氏に対する内部告発文書を「あれは内部告発ではない」などと主張。「メディアが言っていることは何かおかしい」「(斎藤氏は)悪いやつだと思い込まされている」などと訴えを繰り返しました。
この候補は選挙期間中、百条委員会の委員長である県議の自宅兼事務所前で、「出てこい○○」「あまり脅しても自死されたら困るので、これくらいにしておく」と街頭演説を繰り広げています。「怖い思いをした」という県議に対し、候補は「選挙演説をしただけ」と主張しています。いずれも、現行の公職選挙法では対応できない部分をついてきた行動といえます。
SNSには、誹謗中傷やデマともとれる投稿もとびかっていました。百条委員会のメンバーだった別の県議はSNS上で自身に関する様々な投稿があったことから、議員辞職を決めました。知事選に立候補して落選した稲村和美氏に対しては、選挙期間中にX上で「外国人参政権を進めている」など事実と異なる投稿があり、陣営が否定したあとも継続して投稿されたそうです。
また、知事選直後にPR会社が斎藤氏の陣営の「広報全般」を担ったとインターネット上で紹介し、選挙運動は一部を除いて無報酬のボランティアが原則とする公職選挙法に違反しているのでないかという疑惑も浮上しています。斎藤氏は違反になるようなことはないとしており、今後の展開に注目が必要です。
(写真・兵庫県知事就任式であいさつする斎藤元彦県知事=2024年11月19日)
自分の住む自治体で同じことが起こったら?
今回の出直し選挙では、新聞やテレビは斎藤批判に偏っているが、インターネット上には信頼できる情報がある――というムードが広がり、斎藤氏の再選につながったと報じられています。ある教授は朝日新聞のインタビューで、新聞やテレビは公職選挙法と放送法を根拠にして選挙期間中は中立性を重視し、ネットで広がる言説に対しても十分に対抗する報道ができず、「何かを隠しているのでは」と有権者に思われたのでは、という見方を示しています。その結果、情報があふれているインターネットに世論が引っ張られ、今回の結果につながったということです。
公益通報についてどう考えるべきか、選挙制度のあるべき姿とは何か、選挙報道はどうあるべきか――。今回の斎藤氏の再選をきっかけに、これからの政治や社会のあり方を変えるインパクトをもつ課題がいろいろと表に出てきたと感じます。みなさんもぜひこの件に関心をもっていただき、たとえば自分の住む自治体で同じようなことが起きたらどう考えるのか、自分の所属する組織で同じ問題があったらどう行動するかなど、自分にひきつけて考えてみてほしいと思います。
(写真・当選を確実にし、支援者と握手をする斎藤元彦氏=2024年11月17日)
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