前回から投票率が5ポイント上昇
7月7日に投開票が行われた東京都知事選では、現職の小池百合子氏が約292万票を集めて3選を果たしました。過去最多の56人が立候補し、都知事選ポスターを巡る騒動が起きたり、前広島県安芸高田市長の石丸伸二氏が約166万票を集めて2位に浮上したりするなど、例年になく注目度の高い選挙でした。投票率も60%超えで前回から5ポイント上昇しています。
コロナ禍をきっかけに、全国各地の都道府県トップの知事が発信力を強め、注目度が高まっています。日本の人口の10分の1が集中する東京の都知事であれば、なおさら注目度も高くなります。そもそも都知事は何ができるのか、これまでどういったことをしてきたのか。3期目の小池都政が始まるいま、都知事の仕事について改めて理解をしておきましょう。これから社会人になるうえでも、ビジネスを展開するうえでも役に立つ情報と思います。(編集部・福井洋平)
(写真・当選確実となり喜ぶ小池百合子氏=2024年7月7日/写真はすべて朝日新聞社)
コロナ禍きっかけに知事の発信力高まる
知事は各都道府県の行政のトップです。国の行政のトップである総理大臣は議会が指名しますが、知事は直接選挙で選ばれます。それだけ、有権者の意思をより強く受け取る存在といえます。国の行政を率いる内閣にはそれぞれの分野に大臣が置かれますが、知事は地方自治法148条に「(都道府県の)事務を管理し及びこれを執行する」と規定されており、さまざまな行政の範囲をすべてカバーする権限を持っています。予算案をつくることも条例(地方自治体における法律)案をつくることも、地方税をあつめることも公共施設をつくったり管理したりすることもすべて知事の権限です。
都道府県よりも身近な地方自治体が市区町村です。多くの公立小、中学校の管理、ごみ収集や上下水道の管理、消防や救急活動、生活保護、住民票の管理、市区町村道の管理など、日々のくらしに密接にかかわる業務は市区町村が担っています。いっぽうの都道府県は幹線道路や大規模な公園をつくったり、病院などをつくって都道府県民の健康福祉をまもったり、多くの公立高校の設置や管理、警察業務を担うなど、市区町村よりも規模が大きな業務を担当しています。「政令指定都市」や「中核市」など、人口が多い市は都道府県の権限の一部を実行することができます。
住民の暮らしに密着した業務が多い市区町村に比べて一般の住民には印象が薄かった都道府県ですが、その知事の発信力が一気に高まったきっかけはコロナ禍でした。感染症の対策は都道府県の役割が大きく、各知事のリーダーシップに注目があつまりました。
(新型コロナウイルス対策についての緊急記者会見で、フリップを上げて協力を求める小池東京都知事=2020年3月)
東京都の予算規模はスウェーデンに匹敵
知事のなかでもやはり一番存在感が大きいのは東京都知事でしょう。東京の人口は日本の10分の1で、大企業の本社や多くの人があつまる商業施設もあり、文化の発信拠点としても存在感は絶大です。都全体の予算の規模は16兆円(2024年度)で、スウェーデンの国家予算に匹敵します。世界からも注目をあつめる東京都を、どういう構想をもってデザインしていくかが、東京都知事の重要な仕事といえます。
戦後、東京都知事となったのは小池氏をふくめて9人だけです。1967年から1979年まで3期都知事を務めた美濃部亮吉はマルクス経済学者としても知られ、老人医療費無料化などの福祉政策、都営ギャンブルの廃止などを行いました。タレント、作家として知られる青島幸男は1995年、当時お台場などの臨海部で開催予定だった「世界都市博覧会(都市博)」の中止を訴えて都知事に当選し、公約通り都市博を中止しています。1999年から2012年まで都知事をつとめた芥川賞作家で元運輸大臣の石原慎太郎はディーゼル車規制や東京マラソンの開催を実現し、五輪招致もスタートさせました。そのあとに都知事になった作家の猪瀬直樹氏は東京メトロと都営地下鉄の合併を構想しましたが、挫折しています。
(写真・東京都議会の五輪招致議員連盟設立総会に出席した石原慎太郎都知事〈右から三番目〉=2006年2月/肩書は当時)
「7つのゼロ」公約達成道半ば
それでは、小池百合子氏はどういう構想で東京都をデザインしようとしているのでしょうか。
8年前に当選したときには、公約に「7つのゼロ」を掲げました。待機児童▽満員電車▽残業▽ペットの殺処分▽介護離職▽都道沿いの電柱▽多摩格差――をゼロにするという公約です。このうち待機児童については2016年4月の8466人から2023年4月には286人まで減少し、ペット殺処分も2018年度にはゼロを達成しました。ただしペット殺処分ゼロについては「病気やけがによる衰弱など生育困難な固体を除く」という注釈がついており、完全にペットが殺処分されなくなっているわけではありません。電車の混雑率は減少しましたが、これはコロナの影響が大きいでしょう。
「残業」に関しては都職員の残業時間は2015年度から2022年度にかけ約3時間増え、介護離職者数も2017年から2022年にかけ倍近くに増加しました。都道の無電柱化は少し進んだものの完全ゼロにはまだ時間がかかる見通しです。8年経過してもまだ「7つのゼロ」公約は道半ばとみることができます。
トップダウンの手法はデメリットも
コロナ禍に際しては、国に先行して休業や営業時間短縮に応じた店に協力金を支払う仕組みを作りました。コロナ禍が予想以上に長期化し、貯金にあたる財政調整基金が一時激減しましたが、景気回復の追い風もあって持ち直しました。コロナ禍後は「チルドレンファースト」を掲げ、18歳以下の全員を対象にした月5000円の現金給付、私立高校授業料の実質無償化などの少子化対策を次々打ち出していますが、「保険料軽減など他の手段もある中で、『ばらまき』に見える」(都関係者)という懸念も聞かれます。5月には、隣県3知事が「サービス格差が生じる」と国に是正を求める事態にもなりました。
月5000円給付については区市町村への相談なしに政策を決めたため、申請の際に受給者がたくさんの情報を入力する必要が生じるといった混乱も起きています。トップダウンで迅速に進める手法は大胆な政策実現につながりますが、公開の場で議論が積み上がらず、政策の検証がしづらいというデメリットもあります。小池氏の政策手法についてはよくチェックしておく必要があります。
神宮外苑再開発の計画に理解示す
小池都知事といえば、築地市場移転問題も記憶に新しいところです。1期目の就任直後に豊洲の土壌汚染問題を理由として移転の延期を表明しましたが、1年後には豊洲移転を決定。「築地は守る、豊洲を活(い)かす」と発言しましたが、2024年の段階でも築地市場跡地は空いたままです。今年4月に都は再開発を担う事業者を三井不動産を代表とする企業連合に決め、 事業者は5万人を収容できるスタジアムを中心に再開発をすると表明しました。
再開発といえば、やはり三井不動産や明治神宮、伊藤忠商事などが進める明治神宮外苑の再開発問題が今回の都知事選で争点となりました。神宮球場と秩父宮ラグビー場を建て替えて高層ビル2棟などを建設する計画で、837本を植樹する一方、700本以上の高木を伐採することになっています。都市計画公園内の外苑地区はもともと高層ビル建築ができなかったのですが、2021年に都が外苑再開発を可能にする制度の適用を決め、2022年には建築物の高さ制限を185メートルまで緩和し、2023年に再開発を認可しました。小池氏は「再開発は民間事業で、法令にのっとって適切に進められている」として、計画に理解を示しています。
築地市場跡も神宮外苑も、事業をすすめるのは民間企業ですが、その前提には東京都、つまり小池知事の認可があります。大きな問題がなければ知事が計画を撤回させることはできないのですが、これだけ大きなインパクトのある再開発であるにもかかわらず、東京都知事はコロナ給付金や子育て支援のときのようなビジョンや行動力を示していないようにもみえます。
選挙期間中、頻繁に更新されていた小池都知事のX(旧Twitter)は、当選後は更新されていません(7月17日午後6時時点)。強大な権限を持つ都知事は、それに見合うビジョンを提示し、発信していくことが求められます。日本のビジネスの中心地でもある東京の未来を考えるうえで、ぜひ小池都知事の今後にも注目をしてください。
(写真・神宮外苑のイチョウ並木(写真左奥)。手前は国立競技場の屋根。解体された神宮第二球場の奥に、神宮球場、秩父宮ラグビー場と続く=2024年7月5日)
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