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2024年06月07日

メディア

「セクシー田中さん」問題で日本テレビと小学館が調査報告書 知っておきたいポイントは【時事まとめ】

日本テレビと小学館が調査報告書を公開

 2023年10~12月に日本テレビで放送されたドラマ「セクシー田中さん」の原作者で、漫画家の芦原妃名子さんが急死したニュースは、多くの人に衝撃を与えました。数々の名作を送り出しファンも多い芦原さんが亡くなられたことは残念でなりません。芦原さんは生前SNSで、原作の内容とドラマの脚本の内容に差があるという悩みや、自分自身が最終2話の脚本を書くことになった経緯を投稿していました。

 原作者が思い詰めてしまうような事態はなぜ起こったのか、どうすれば回避できたのか。テレビ業界特有の問題に加え、多くの関係者を巻き込んでいくプロジェクトを進める難しさも今回の件は示していると思います。このほど、ドラマを製作した日本テレビと漫画を出版している小学館がそれぞれ調査報告書を公開しました。報告書の内容や朝日新聞の記事をもとに、今回の件について改めて考えてみました。(編集部・福井洋平)

(写真・ドラマの原作となった漫画「セクシー田中さん」の版元、小学館の社屋=東京都千代田区/朝日新聞社)

ドラマの脚本家がSNSに投稿

 まずは両社の報告書に沿って、今回の問題の概要をまとめます。

 ことの発端は、ドラマの脚本家がドラマ終了後にインスタグラムで、「最後は脚本も書きたいという原作者たっての要望があり、過去に経験したことがない事態で困惑しましたが、残念ながら急きょ協力という形で携わることになりました」と書き込んだことです。漫画の『セクシー田中さん』は連載中で未完のため、全10話だったドラマの最終2話はドラマのオリジナルストーリーとなっていましたが、この2話についてはこの脚本家ではなく、芦原さんが脚本を執筆していました。

 芦原さんはその後X(旧Twitter)で、ドラマ化の条件は「漫画に忠実に」すること、ドラマのオリジナル部分は原作者(芦原さん)があらすじからセリフまで用意し、原則変更しないことなどだったと記し、それにもかかわらず毎回漫画を大きく改変したプロットや脚本が提出されたため、加筆修正を繰り返し、9、10話は脚本家の変更を申し出て原作者が脚本を書いたことなどを説明しました。投稿の反響は大きく、芦原さんはその投稿を取り消した後に連絡が取れなくなり、その後死亡が確認されました。
(写真・日本テレビ本社=東京都港区/朝日新聞社)

「原作に忠実」がドラマ化条件かで食い違い

 ドラマ化に際しての経緯は、両社の報告書で食い違いがあります。

 小学館の報告書では、日テレからドラマ化の相談を受けた当初から「原作に忠実」な脚本家でないと難しいと伝えていたそうです。その後、原作にはないオリジナルとなる9、10話については、芦原さんによる「脚本もしくは(構成を記した)詳細プロット」を提案したいと小学館が申し出て、日テレは承諾していた、としています。一方日テレ側の調査では、日テレ側が「プロットで提出してほしい」と対応し、オリジナル部分も脚本家が執筆する前提で進んでいたとしています。ドラマ化について原作に忠実につくること、ドラマオリジナルの部分は場合によっては原作者が脚本を書くことなどがドラマ化の「条件」だったかどうかについては、「日本テレビと小学館の間に認識の齟齬がある」と日テレの報告書に記載されています。
(写真はPIXTA)

撮影まだのシーンを撮影済みと虚偽報告

 ドラマ製作の過程で、原作者の芦原さんはたびたびドラマのプロットや脚本が原作の趣旨と離れているとして修正を申し入れています。放送直前の9月には、6、7話の修正依頼につけくわえて「漫画とドラマは媒体が違うので、本当はドラマ用に上手にアレンジして頂くのがベストだって事は、私も良く理解してるんですよ。」「でも、ツッコミどころの多い辻褄の合わない改変がされるくらいなら、しっかり、原作通りの物を作って欲しい」「作品の根底に流れる大切なテーマを汲み取れない様な、キャラを破綻させる様な、安易な改変は、作家を傷つけます」という内容のメールを日本テレビ側に送っています。

 日本テレビ側は、こういった芦原さんの要望をそのままではなく、かみくだいて脚本家に伝えていました。上記のメールを受け取った際にも、脚本家には「本件原作者の不満が高まっているという温度感のみ伝えた」(日テレ報告書)そうです。

 その後、ある回のダンスシーンについて芦原さんが内容の修正を求めたのに対し、まだそのシーンが撮影されていないにもかかわらず日テレ側が「すでに収録している」とウソをついたことで、芦原さんの日テレ側への不信感は決定的なものになります。日テレ報告書ではウソをついた理由について、2カ月にわたってキャスト、スタッフが準備をすすめており、撮影変更は現場に迷惑がかかると思ってとっさにウソをついてしまった、このことについては反省しているという社員の発言を記しています。

原作者の脚本が採用されることに

 こういった流れにくわえ、前述のようにドラマオリジナル部分の脚本をどうするかについて小学館と日テレで認識に齟齬があったことから、その脚本をめぐるやりとりは険悪なものになっていきました。最初に芦原さんが作ったドラマオリジナル部分のくわしいプロットを日テレに送る際、小学館側は「アレンジやエピソード順番入れ替え、セリフの変更は、基本、しないでほしいです。尺とか、撮影的に難しいとか、これはどうしても厳しいので変更できないか?とか、そういうのは勿論、ご相談ください」という芦原さんの意向を伝え、日テレ側はドラマ化するにあたって撮影の都合やスポンサー、役者とのすりあわせなどから「本件脚本家が台本にする上で、こちらは絶対に発生します」と返答しています。日テレ側はこの段階では芦原さんのプロットを脚本家が脚本の形にすると認識していた、ということです。

 しかしその後、芦原さんの不信感がつのり、9、10話については自身のプロット通りに脚本をつくることを求め、脚本家の変更を要求しました。日テレ側はこの意向を脚本家につたえて降板を要請、脚本家は「青天霹靂のことであり驚愕」したもののその要請を受け、結果的に9、10話は芦原さんの脚本によりドラマがつくられました。その後、脚本家がSNSに投稿したことで問題が一気に表面化した――という流れです。

ドラマ制作本数ふえ原作モノ重宝される

 今回の問題が起きた背景には、漫画などの原作モノに頼りがちになっているメディア側の事情があります。

 広告収入が落ち込み苦境にあるテレビ局ですが、今後有望な収入源として考えられているのが「TVer」をはじめとする配信サイトです。好きなときにじっくり見られる配信サイトでは、なんとなく見るような情報番組やバラエティーではなく、ドラマが好まれます。これまでは制作費が高いことからバラエティーより採算性が悪いとされてきましたが、配信ビジネスが伸びるにしたがってドラマの需要も高まり、製作本数が増加。ビデオリサーチによればNHKと民放局計7局が昨年関東地区で放送したドラマの延べ本数は6012本で、2018年(5029本)と比べると20%も増えています。こうした中で重宝されるようになったのが「原作モノ」です。漫画や小説の原作があれば、台本がない段階でも原作をもとに企画を通しやすく、キャスティングもすすめやすいそうです。一方、出版社側もドラマ化されれば本の売り上げが伸びることが期待されるため、原作モノのドラマはテレビ局と出版社にとってはウィンウィンとなる仕組みなのです。
(写真・配信プラットホーム「TVer」アプリの画面上には、ドラマコンテンツが並ぶ/朝日新聞社)

ドラマ制作経験社員の7割「制作時間が足りない」

 しかし、もともと手間がかかるドラマ製作の本数を増やしたことで、スケジュールに無理が生じてきている可能性は否定できません。今回のドラマは2023年3月に日テレから小学館に10月放送開始で打診がありましたが、その段階で小学館側は「芦原先生はこだわりが強いから、脚本監修の時間が足りなくなる恐れがあり、(2024年)1月期が望ましい」と回答していたそうです。時間に余裕があれば、ドラマ制作側がより深く原作者の意図をくみ取ることが可能になったかもしれませんし、あるいはお互いの方向性が決定的にずれていれば案件自体をとりやめて別のドラマに切り替えることもできたかもしれません。

 日テレの報告書では社員25人にアンケートをしたところ、ドラマ制作の時間が足りないと答えたのは19人で全体の7割、準備期間が足りないことでトラブルが起こったことがあると答えたのは16人にのぼりました。日テレ報告書では、放送開始の1年半~1年前を企画決定の目標とすることを提言しています。ある民放プロデューサーは朝日新聞の取材に、「最初に原作者と脚本家を直接会わせ、コミュニケーションをとってから、原作を脚色していくケースも出てきたと聞く」とも語っています。こういったことも、日程に余裕があればさらにやりやすくなるでしょう。

 キャスティングの都合やスポンサーの意向など、ドラマ制作には様々な力学が働いていると思われますが、今回の件を機に少しでも余裕のある制作環境が生まれることを期待したいところです。

思いや理想が違う人たちを束ねる難しさ感じる

 今回の報告書からは、小学館と日テレが原作者の意向をどうするかという決定的な点で認識がずれていたことや、原作者と脚本家の意向のすりあわせがうまくいかなかったこともわかりました。原作者が自分の原作にこめた思いを大事にするのは当然のことですし、一方で長年ドラマをつくってきたテレビ局側にも譲れない点があることもよくわかります。すべてドラマが原作通りになることが解決策、ということはありません。

 今回は原作とドラマという関係ですが、これから社会に出るにあたって、それぞれ思いや理想が違う人たちをひとつのプロジェクトに束ねていくという仕事は必ずどこかで経験すると思います。プロジェクトの目標が大きければ大きいほど、それにかかわる人たちの思いや理想は幅広くなり、束ねることが難しくなるでしょう。場合によっては契約書をつくったり、やるべきことを明確にして、全員の意識が決定的にずれないようにしたりすることも必要になるかもしれません。興味のある方はぜひ、ネットで公開されている両社の報告書を読んでみて、自分ならばどの段階で何ができたのかを考えてみてほしいと思います。

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