離婚時に共同親権も選択可能に
離婚後も父親、母親が親権を持つ「共同親権」を可能とする民法などの改正案が5月17日に参議院本会議で可決され、成立しました。いまは結婚している間は父、母両方が親権者で、離婚後はどちらか一方とする「単独親権」制度ですが、これが77年ぶりに見直され、共同親権を選択することも可能になりました。
就職活動には直接関係はなさそうですが、共同親権はこれからの家族のあり方、ひいては日本のあり方にも密接に関係し、時事問題でも問われる可能性があるトピックです。廃案を求めるデモが起こるなど反対論も根強い制度ですが、十分に制度の内容が周知されているとはいえないと感じています。法律が施行されるまであと2年ありますので、これを機に「共同親権」とは何かについて理解しましょう。(編集部・福井洋平)
現在は離婚後の親権者は父母どちらか一方
まずそもそも、親権とは何でしょうか。
父母は、未成年の子どもを守り教育したり、子どもの財産を管理したりする権限・義務を持っています。これを「親権」といい、子どもの利益のために行使されるものとされています(法務省ウェブサイトより)。具体的には子どもの監護・教育をする権利・義務(民法820条)、住む場所を決める権利(同822条)、職業を営むかどうかを決める権利(同823条) 、財産を管理する権利(同824条)などがあります。現状、結婚している間は父、母が共同して親権を行使することと決められています。離婚する場合は、共同して何かをすることは難しくなるため、父母どちらか一方を親権者に定めることが民法で決められています。現在、離婚後の親権者の9割近くは母親が占めています。
いま、未成年の子どもがいる夫婦の離婚件数は年間約10万件、親の離婚を経験する子どもは約20万人にのぼります。いまは18歳で成人になるのでみなさんのほとんどはもう親権の対象者ではないと思いますが、将来的に自分や身の回りの人間が子どもの親権問題に直面する可能性は十分にあると思います。
子の利益のために共同親権を検討
では、なぜこのタイミングで共同親権が導入されるのでしょうか。
日本では、離婚後に子どもが父母の両方と交流を持ちつづけることは難しく、厚生労働省の2021年度調査では母子家庭の45%に、父と子の面会交流の経験がありませんでした。面会交流に関する調停の申立件数は2011年の約8700件から、2020年には約1万3千件に増えています。2011年には民法が改正され、離婚するときは子どもの利益を最優先にして、別居する親と子の面会交流を決めることが明記されました。さらにこのとき、衆参法務委員会の付帯決議で離婚後の共同親権の可能性などを検討することが求められたのです。欧米では共同親権が一般的で、2019年には国連の「子どもの権利委員会」が、離婚後の共同養育を認めるための法改正を日本に求めています。政府は共同親権を、「子の利益」を確保するために父母がともに責任を持って育てる選択肢と位置づけています。
離婚はあくまで親の間の問題であって、子どもに悪影響が出ることは避けなければいけません。共同親権によって別居する親も子育てに責任をもつのが当たり前の世の中になれば、子どもの成長にとっては望ましいことです。また、親権の有無と面会交流は本来関係はありませんが、共同親権があれば子どもが求めるときは別居親との面会交流がよりスムーズにできるようになることも予想され、これも子どもにとってはよい選択となりえます。
どこまでが「日常の行為」で単独決定できるか不明
しかし、法務省が実施したパブリックコメントでは、共同親権の導入に個人の約3分の2が反対という結果が出ました。なぜこれだけ反対論が根強いのでしょうか。
そもそも、離婚するほど関係が悪化している父と母が、子どものことに関しては協力して話をすすめられるのかという懸念があります。共同親権のもとでは、子どもの進学先の選択や転居、生命に関わる医療行為は父母の話し合いで決めることになります。対立した場合は家庭裁判所が判断することになっていますが、いちいち家庭裁判所に訴え出ること自体が親にとっては負担となることも十分考えられます。法案では共同親権を選択しても、教育などの「日常の行為」や急な判断が必要な場合は一方の親が単独で親権を行使できるとされていますが、範囲が明確になっていません。そのため今回の改正にあたっては、ガイドラインでの明確化を求める付帯決議が採択されています。
家庭裁判所も人手不足
もめ事を受理する家庭裁判所のほうも、態勢が十分に整っていないという懸念が指摘されています。
最高裁判所によると、親子の面会交流や子どもの監護(養育)を巡る調停や審判の申立件数は 、2022年は約4万4千件で10年前から1割増えています。平均審理期間も8.5カ月と、3カ月ほど延びました。離婚後の共同親権が導入されれば、家裁の負担はさらに増えるでしょう。日本弁護士連合会は2023年10月、家事事件が大幅に増えているのに裁判官は十分に増えていないうえ、調査官の絶対的な人数が足りず、調査に十分な時間や手間をかけられていないとして、改善や充実を求める決議をしています。
DVや虐待を見抜けるか?
また、離婚前の家庭内暴力(DV)や虐待の存在を見極め、被害を防げるかも、大きな課題として残っています。
法務省が協議離婚をした男女1000人対象に行った2021年調査では、離婚の原因で「精神的な暴力」が21.0%、「経済的な暴力」が13.5%、「身体的な暴力」が7.9%、「子への虐待」が4.1%でした。裁判による離婚の場合はこれらの原因がさらに多いと考えられます。
今回の民法改正では、父母の一方が虐待やDVをする可能性がある場合は、裁判所が単独親権と定めることになっています。ただ、一方の親のDVでもう一方の親がちゃんとした意思表示ができなかったり、隠れて行われるDVや虐待を裁判所が見抜けなかったりして、共同親権が認められてしまうリスクは十分にあります。父母どちらか一方が反対すれば共同親権が適用されないようにすべきという意見もありましたが、今回の改正では父母の合意がなくても、親子や父母の関係を家裁が考えたうえで共同親権か単独親権かを定めることになっています。さらに、すでに離婚している夫婦でも裁判所に親権変更の申し立てをすることが可能になったため、DVから逃げたシングルマザーなどを中心に不安が広がっているのです。
不安解消の仕組みは現状不十分
こうした不安を解消しないまま、共同親権制度だけを推し進めては、制度のデメリットだけが広がることになりかねません。少なくとも、
・家庭裁判所の陣容をととのえ、負担増に備える
・共同親権のもとでも単独で行使できる親権の範囲を早急に決める
・DVや虐待に対する対応を手厚くし、被害者を守る制度を確立する
ことが必要と考えられます。現状、こういった仕組みが十分ではない状態で法案が可決、成立したことは知っておく必要があります。
共同親権の本来の目的は、離婚という大人の都合で子どもに不利益がないようにすることです。そのために必要なことは何なのか、現状何が足りていないと考えられるのか。社会に出るうえで、ぜひ一度考えてみてほしいテーマです。
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