運輸安全委員会が原因を究明中
今年は1月1日の能登半島地震に続き、2日に羽田空港で日本航空(JAL)の旅客機と海上保安庁の航空機が衝突、炎上するという大事故が起こりました。JAL側には幸い死者は出ませんでしたが、海保職員は5人が死亡。現在、運輸安全委員会が原因究明を進めています。今回の事故を機に、過去どういった事故があり安全への仕組みがどう整えられていったかについてざっくりとまとめてみました。(編集部・福井洋平)
(写真・海保機と衝突した現場から運び出される日航機の車輪=2024年1月6日)
一番大切なことは「安全」
航空や鉄道などの運輸業界にとって、最大の使命は「安全」です。人命が失われるような事故はあってはいけないことですが、それでも過去、多くの大切な人命がなくなる大きな事故は繰り返されてきました。そのたびごとに対策が練られ、より安全で、大きな事故を起こさないような仕組みが整備されてきました。安全への取り組みは、大きな事故によって推進されてきた、ともいえます。ぜひこれを機に、自分の進む業界が安全についてどう取り組んでいるのかも調べてみてください。企業研究にも、今後の社会人人生にもプラスに働くと思います。
飛行機の安全を守るための仕組み
まずは、航空の安全を守る仕組みについてまとめます。
・「自動操縦」と「空中衝突防止装置」
航空機の事故は多くの人命を失うことにつながるため、安全を守るための高い技術が取り入れられています。たとえば、自動操縦(オートパイロットシステム)です。管制からの指示や気象条件などをもとに、パイロットが高度・方位・速度・目的地などを設定することで、自動で航空機が操縦される仕組みです。通常、パイロットは離陸して数分でオートパイロットに切り替え、危険なとき以外は手動では操作しません。また、航空機同士の空中衝突を避けるために「TCAS(空中衝突防止装置)」を一定基準以上の航空機に取り付けることが義務化されており、パイロットに対して危険を知らせるようになっています。
・「航空管制」
航空機の安全を守る要となっているのが、「航空管制」です。国土交通省所属の国家公務員や自衛隊員が「航空管制官」として業務を担っています。離れた場所を飛んでいる航空機をレーダーで誘導したり、離着陸時に航空機に指示を出したりします。
管制官とパイロットの無線通信は英語が原則で、決められた用語を使い誤解のないように意思疎通をします。管制官の指示や許可については、パイロットにその内容を復唱してもらうということもしています。
(写真・高知空港の管制塔=高知県南国市)
危険なのは離着陸のタイミング
・「魔の11分」
飛行機が離陸、着陸するタイミングは、危険が伴うため現在でもパイロットが手動で操作しています。離陸したあとの3分間と着陸までの8分間を総称して「魔の11分」といい、今回のケースを含め航空機事故の多くはこの時間に起きているのです。現在、離着陸も含めて操縦を自動化する実験が続けられています。また、羽田空港では2010年に「滑走路占有監視支援機能」というシステムが導入されており、着陸機が接近中に出発機が滑走路に入ったときには管制官が気づく仕組みになっています。
・事故が起こったときには
それでも事故が起こった時には、すみやかに乗客を避難させる必要があります。今回の事故では避難誘導がうまくいき、JAL機で人命が失われることはありませんでした。
JALの客室乗務員は年1回、緊急時に備えた訓練を必ず受けるそうです。実地訓練のほか、過去の事案をもとにいちばんいい対応について考える座学もあり、筆記試験で合格点を取れなければ搭乗できません。ANAでも座学、筆記に加えて緊急脱出などの実地訓練をしているそうです。客室乗務員の役割はサービス提供だけではなく、保安要員として乗客を安全に輸送することもきわめて重要なのです。
(写真・飛行機からシューターを使って脱出する体験ができるイベントが開かれた=2023年8月、大阪市)
事故の教訓を生かす仕組み
過去に起こった航空機事故を機に、安全対策は進化をつづけてきました。
・1977年、アフリカのテネリフェ島で起きた史上最悪の航空機事故。離陸前の滑走路でジャンボ機同士が衝突、炎上し、双方で583人が死亡しました。濃い霧で視界が悪いなか、管制官と事故機との交信の一部が雑音で聞こえず、「待機」と「離陸」などで誤解があったといいます。また、機関士が遠慮して機長に進言できず事故を止められなかったという点も指摘されています。この事故以降、管制官と航空機のやりとりで誤解が起きないよう適切な用語を使うことが勧められるようになりました。また、機長のワンマンで運航をすすめるのではなく副操縦士、機関士、客室乗務員など乗員全員が協力、情報共有することが必要であるとする「クルー・リソース・マネジメント」(CRM)という考え方も広まりました。
・1985年には、航空機単独事故としては史上最悪の犠牲者を出した日本航空(JAL)機墜落事故がありました。これは、修理ミスで飛行中に機体が損傷したことが原因とされています。JALは2006年、事故が風化しないように事故機の残骸や遺品などを展示する「安全啓発センター」を開設。世界の主な事故や事故の教訓に基づき、どんな改善がされてきたか示す「航空安全の歩み」、「被害の拡大を防いだ事例」などをパネルにまとめて展示しています。
(写真・JALの研修施設「安全啓発センター」。墜落した機体の一部が展示されている=東京都大田区)
運輸安全委員会の役割
・飛行機や鉄道、船が事故や事故につながる「重大インシデント」を起こした時は、国土交通省の外局である「運輸安全委員会」が原因を探るための調査を行います。現地調査を行い、航空機事故の場合はパイロットと管制とのやりとりが記録されているボイスレコーダーなどを解析したりして、事故の原因をつきとめ、発生から1年をめどに原因や再発防止策を報告書にまとめて国交相に提出、公表します。事故を警察の捜査にまかせると、当事者が処罰されることを恐れて資料を隠したり作り話をしたりする可能性があるため、警察ではない組織が調査をすることが重要とされているのです。
・今回の事故に関しては、海保機と管制官の交信記録では滑走路への進入を許可していないにもかかわらず、海保機が許可が出たと認識して滑走路に入っていること、JAL機が着陸時に海保機を目で確認できていなかったこと、さきほど説明した「滑走路占有監視支援機能」が正常に作動していたが事故を防げなかったこと、などが指摘されています。これだけの大事故だけに、運輸安全委による原因の究明が待たれます。
今回の事故では警視庁も捜査を行っており、運輸安全委員会の報告書は捜査上の証拠にも使えることになっています。しかしこれだと上記のように、当事者が口を閉ざして原因の究明が進まなくなる可能性も指摘されています。欧米では責任の追及よりも原因究明と再発防止が重視されているといい、今後の運用については検討が必要かもしれません。
どの業界でも「安全」は基本中の基本
航空機だけでなく、鉄道でも過去大きな被害を出した事故を機に安全対策がすすめられてきました。たとえば1951年に車両火災で106人が死亡した桜木町事故を機に、列車の不燃化がすすめられました。1962年には運転士が赤信号を見落としたことによる衝突事故で160人が死亡(三河島事故)、赤信号を見落とすと自動的にブレーキがかかる「ATS」という仕組みが全国的に取り入れられるきっかけとなっています。
ほかにも、水俣病などの「公害」をきっかけに公害対策基本法(現在の環境基本法)が制定されたり、医薬品による健康被害(薬害)をふせぐためたびたび法律の改正が行われてきたり、人々の生命・健康にかかわる業界では事故や事件をきっかけとして安全性を高めるための取り組みが続けられています。安全性は、すべての企業活動の基本中の基本。それが損なわれれば企業の存在も危うくなります。志望する業界や企業で過去どんな事件・事故があり、それに対してどういう対策をとってきたかを知ることは、就活でもこれからの社会人人生のうえでもすごく重要になると思います。運輸業界を志す人も、それ以外の人もぜひニュースや歴史を調べてみてください。
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