どこの企業で起こっても不思議はない
保険金の不正請求を繰り返していたビッグモーター、過重労働やパワハラが告発されている宝塚歌劇団、創業者ジャニー喜多川の性暴力が明るみに出て社名変更に至った旧ジャニーズ事務所、部員の薬物問題で廃部となった日本大学アメリカンフットボール部、長年の裏金作りが暴かれつつある自民党の派閥――今年は名の通った企業、団体の不祥事が次々発覚する1年でした。その締めくくりと言いたくなるようなタイミングで年末に明らかになったのが、ダイハツ工業の試験不正問題です。全車種が出荷停止となる異例の事態で、影響は甚大です。
トヨタ自動車傘下でブランド力もある優良企業のダイハツが、なぜこのような不祥事を起こしたのか。試験不正問題を検証した第三者委員会では数々の要因をあげていますが、どれも特殊とは思えない、どこの企業で起こっても不思議はないような要因が並んでいました。これから就活を経て社会に出て行くにあたり、会社や団体が不祥事を起こす背景を知ることはとても重要なことだと思います。今年は残念ながら、生きた実例がたくさんあります。年内最後の「時事まとめ」では、今回のダイハツ問題をもとに不祥事が起こる会社の構造と、会社選びへの生かし方を考えます。(編集部・福井洋平)
(写真・ダイハツ工業本社=大阪府池田市)
全車種の出荷停止に追い込まれる
今回明るみになったダイハツの問題をまとめます。
発端は今年春でした。4月に開発中を含む海外向けの4車種、5月には国内向けの2車種について、側面衝突試験の認証手続きなどで不正を行っていたと発表したのです。対象は計約16万7000台に上り、ハイブリッド車「ライズ」など、トヨタに供給する車両が多くを占めていました。これらはダイハツが開発や認証試験を担っていたものです。その後、弁護士らでつくる第三者委員会が立ち上がり不正の調査をすすめたところ、不正の範囲はすでに生産を終えた車種を含む64車種と3種類のエンジンに及ぶことがわかったのです。現在手がける車種のほぼすべてで車両の認証試験について不正をしていたことがわかり、ダイハツは全車種の出荷停止に追い込まれました。
ダイハツの軽自動車シェアは3割で、不正と出荷停止の対象には親会社のトヨタやマツダ、スバルにOEM(相手先ブランドによる生産)などをしている車種も含まれており、影響の大きさははかりしれません。12月20日に行われた会見でダイハツの奥平総一郎社長は「全ての責任は経営陣にある」と語り、車両については安全性を再確認し「乗り続けて問題がある事象はなかった」と述べています。
ダイハツは1907年に創立され、特に小型車、軽自動車に強みを持つメーカーとして広く知られていましたが、2016年にトヨタ自動車の完全子会社に。以降、トヨタはダイハツに小型車戦略を担わせていました。不正を公表した会見にはトヨタの中嶋裕樹副社長も出席し、「実態を見抜けなかったことを改めて反省したい」と述べています。
(写真・会見の終わりに改めて謝罪するダイハツの奥平総一郎社長(左)とトヨタの中嶋裕樹副社長=12月20日)
「過度にタイトなスケジュール」でプレッシャー
車は発売するにあたり、安全性などの基準を満たしているかについて審査を受けます。この際行われるのが認証試験ですが、ダイハツは○試験データを捏造したり、改ざんしたりする ○車両や実験装置を不正に加工、調整したりする など25項目におよぶ不正を行っていました。衝突時に自動で作動させるべきエアバッグの試験をタイマーによる作動で実施するなど、安全性に直結する装置での試験不正もあり、安全性に問題がないと言われても不安は残ってしまいます。不正は、古くは1989年から行われていたと言います。会社の存亡にも関わるような不正が、なぜ長年広がり、放置されてきたのでしょうか。
第三者委員会はその原因を「過度にタイトなスケジュールによる『短期開発』の極度のプレッシャー」と説明しています。不正が急激に増えたのは2010年代以降で、エコカー競争が激しくなった時期と重なり、ダイハツは低燃費の軽自動車「ミライース」を短期間で開発しました。この成功体験から、ダイハツは「短期開発」を他社との差別化要因として推進するようになります。特に不正が増えた2014年以降は、トヨタが小型車を中心にダイハツに生産委託を増やした時期と重なります。トヨタの期待に応えるべく、短期開発がますます推し進められていった、と第三者委員会は指摘しています。
第三者委員会の報告書では、「(不正の)根本にあるのはギリギリの短期開発日程。机上で決定した日程は、綱渡り日程でミスが許されない」という社員の声が紹介されています。そのしわ寄せは現場にかぶさり、特に開発の最終段階で行われる認証試験に時間をかけることが非常に難しくなりました。
試験を担当する部署以外の人たちは「認証試験は合格して当たり前。不合格によるスケジュールの変更はあり得ない」という考えが強く、しかも衝突安全試験の担当者はコスト削減の観点から破壊試験に使える自動車の数も限られているため、「一発で合格しなければいけない」というプレッシャーが非常に強くなっていました。
●第三者委員会の報告書はこちらから
(写真・調査内容について報告する第三者委員会の貝阿弥誠委員長=12月20日)
管理職に相談しても「で?」
それでも、現場の声を管理職が把握して「この時間では十分な試験ができないから、スケジュールを変えてくれ」と部署として主張できる環境なら、こういう不祥事は起きなかったでしょう。しかし現実には、現場の声を管理職がくみとることはありませんでした。管理職から不正を指示、黙認するようなこともなかったと第三者委員会は指摘していますが、現場が不正をしてしまう環境も放置されていました。報告書には、社員のこんな声が紹介されています。
「管理職は表向きは『何でも相談してくれ』というものの、実際に相談すると、『で?』と言われるだけで相談する意味が無く、問題点を報告しても『なんでそんな失敗したの』『どうするんだ』『間に合うのか』と詰問するだけで、親身になって建設的な意見を出してくれるわけではない」
管理職と現場との間には深い溝があったと第三者委員会は指摘します。ひとつの原因とみられるのが、「組織フラット化」です。これは管理職を減らして組織の縦割りを廃し、組織のスリム化を図ることを目的とした施策ですが、ダイハツ社員からはこんな声が寄せられています。
「組織フラット化・役職ポスト削減し過ぎた結果、管理者・役員の兼務が多過ぎて、管理しきれているのか疑問」
「フラット組織の弊害:部長のテリトリーが広すぎ、部下に任せぱなし」
つまり、管理職を減らすことで一人が管理する範囲が広くなりすぎ、現場の意見や実態を把握することが難しくなっていたというのです。その結果、プレッシャーをかけられた現場担当者は誰に相談することもなく不正をくりかえしていくことになりました。
(写真・ダイハツ工業が公表した第三者委員会の調査報告書=2023年12月20日)
現場の不満を聞けない組織は不祥事を防げない
厳しい競争環境にある会社が、利益を追求するあまりめちゃくちゃな予算やスケジュールを組んでしまう。そのしわ寄せを現場がかぶり、なんとか目標を達成しようと不正をしてしまう――残念ながら、大きな企業、有名企業であっても陥ってしまいがちな状況です。そして今回のようにプロジェクト達成のプレッシャーがきつかったり、管理職が極端に少なかったり、その他もろもろの理由で現場の不満を管理職がすくいあげられない組織風土があると、事態は悪化するばかりとなるのです。上司に対して悩みを相談できるか、建設的な意見をもらえるような雰囲気があるかは、会社の危険性を把握する指標となりえます。
就活の段階で、不正を起こしそうな企業を見抜くことは相当難しいかもしれません。ただ今回のケースをよく認識しておくと、インターンシップやOB・OG訪問をした際に会社の雰囲気をよりよく理解できるはずです。OB・OGに「トラブルが起こったとき、上司の方からどういったアドバイスをいただけましたか?」という質問を投げかけるのも効果的かもしれません。ダイハツの今回の不祥事を単なる一企業の問題ととらえず、「どういう企業が不祥事を起こしてしまうのか」という観点でチェックすることで、今後の会社選びや社会人人生をよりよく過ごすための材料としてください。
(写真=PIXTA)
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