所得制限を撤廃しすべての高校授業料を無償に
東京都の小池百合子知事が都議会で、高校授業料の「実質無償化」を打ち出しました。制度の詳細は検討中とのことですが、いま「世帯年収が910万円未満」を対象としている私立高校の授業料支援制度について、所得制限を撤廃する方向で検討しているとのことです。現在、収入910万円未満の世帯については、公立高校は国の支援金制度で無償化されており、私立高校(全日制)についても国の制度に東京都が上乗せする形で実質無償化されています。東京都は この910万円という所得制限を2024年度に撤廃し、すべての高校生に無償化を広げると打ち出したのです。インパクトは大きく、ネット上でも称賛の声が飛び交っています。
高校無償化には課題もあります。大きな課題は財源です。支援金の拡大は税金でまかなわれます。 国が2010年に高校無償化を導入した際には、その財源を確保するため、16~18歳までの子どもがいる場合に所得税、住民税が少し安くなる仕組み(扶養控除の上乗せ)を廃止しました。東京都が今後増税する可能性も否定できず、 「なぜ所得が高い世帯まで、私たちの税金で補助しなければいけないのか」と疑問の声も上がっています。また、公立高校も私立高校も負担が変わらなくなることで、公立高校の人気が全体的に下がってしまうのではと危惧する声もあります。
就職活動と高校無償化には直接の関係はないかもしれませんが、
・今後のライフプランを考えるうえで、教育費の問題は避けて通れない
・身近な問題で賛否が大きく分かれる論点のため、グループディスカッションの題材などとして使われやすい
・政策の方向性によって教育業界が活性化し、ビジネスチャンスが広がる可能性も
といった観点から、関心を持った方がいいキーワードです。今回のニュースをきっかけに、高校無償化について大きな方向性を押さえ、ニュースをチェックするようにしてみましょう。(編集部・福井洋平)
(写真・都議会で所信表明をのべる小池知事)
大阪府も段階的な完全無償化を進める
まずは高校の無償化についてこれまでの流れをおさえます。
・高校は義務教育ではありませんが、進学率は高度経済成長期に大きく上昇し、いまでは通信制を含めると98.8%(2021年)と、ほぼ全員が高校に進んでいます。
・2009年、当時野党だった民主党が高校の「実質無償化」をマニフェストに掲げて衆院選に圧勝。2010年には、所得制限なく全世帯を対象に、公立高校については授業料を取らず、私立高校についても公立の授業料と同額を支給する仕組みをつくりました。しかし当時の自民党はこれを「ばらまき」と批判。高所得者には補助をすべきではないとして、政権を奪還後の2014年に、補助対象を「年収910万円未満」の世帯に限定しました。民主党政権期には年間4000億円だった無償化の経費は、この所得制限により約900億円浮いたそうです。
・都道府県によっては、国の制度にくわえて独自の上乗せ制度を採用しているところがあります。2022年度時点で34都道府県に上乗せ制度がありますが、いずれも所得制限や補助上限があります。
大阪府では今年4月、吉村洋文氏(日本維新の会)が、所得制限を撤廃した高校の「完全無償化」を公約に掲げて府知事に当選。府内に住む高校生を対象に、府内の国公立、制度に参加している私立高校の授業料を、2026年度から所得制限なしで無償にする制度案が決まりました。ただ、支給されるのは、府が定める標準授業料63万円までで、それを越える分は生徒が通う学校が負担するという仕組みです。
大阪近隣府県の私立高校は反発
この制度については課題も指摘されています。ひとつは、府外の私立高校に通う府内高校生への補助の問題です。現状、近隣府県の私立高校には府内から7500人が通っています。大阪府は、府外の私立高校でも制度に加入すれば無償化の対象にするとしています。しかし、授業料を改定するには大阪府との協議が必要です。事実上、大阪府が認めなければ授業料を値上げできないことから、京都や兵庫など近隣5府県の私学団体は、「私学の経営権を損なう」として制度案に反対する申入書を大阪府に出しました。授業料が63万円を越え学校の負担が出た場合、それの分を大阪府以外の生徒が負担することになるわけで、生徒間に不公平が生じるという問題点も指摘しています。
また、私立と公立に負担の差がなくなることで、公立高校の人気が下がってしまうのではないかという懸念も指摘されています。大阪府はこれまで段階的に高校無償化を進めてきましたが、その過程で定員割れする府立高校が続出し、募集停止となる高校も出ています。私立高校に負けない学校づくりが求められますが、一般的には私立にくらべて施設や設備が見劣りしがちな公立高校にとっては不利な制度になることも考えられます。
(写真・申入書を提出後、会見に臨む近隣1府4県の私学団体の会長ら=2023年11月)
東京23区子育て世代の年収中央値は986万円
「高校無償化」は理念としてはすばらしいことですが、実現のためには様々な課題があります。それは東京でも同じことです。学校数も生徒数も多い東京都では、財政負担の額が大阪以上になることは確実で、これが税金による負担となれば、反発する有権者も出てくるはずです。また、これによって東京の「一極集中」が加速する可能性も否定できません。
高校無償化のメリットを、さまざまな観点から考える必要があります。まず少子化対策です。教育費負担が年々高まり、子どもをたくさん持つという選択肢が狭まっている今、授業料負担がなくなることは大きなメリットになるはずです。
大和総研の調べでは、東京23区で子育てをしている30代子育て世代の世帯年収の中央値(平均値でないことに注意)は、2022年に986万円に達しています。910万円という所得制限では、東京23区だとかなりの層が補助の対象外になります。現状、東京23区の出生率は下がっています。所得制限をはずせば、補助がなくなることを心配して仕事をセーブする必要もなくなりますし、より多くの世帯で子どもを持つモチベーションにつながると予想できます。
未来のすがた想像して考えよう
そもそも、教育にしっかりお金をかけていい人材を育てることは、長期的にみて日本の国力をふやす投資効果が期待できます。よくわからない公共工事にお金をかけるよりも、投資効果が大きいかも知れません。一方、「いまの高校教育は時代遅れで、税金を投入してまで通わせることはない」 と主張する人もいます。高校で何を教えるべきなのか、どういう人材を育てるべきなのか、高校無償化を機により真剣に考えるときが来ているのかもしれません。
高校無償化は、立場や考え方により賛否が大きく分かれるトピックです。そして政策の方向性によっては、日本の未来を左右する可能性が大きいテーマでもあります。ニュースをチェックして、自分はこの政策に賛成か反対か、改善するとしたらどこを改善したらいいか、これをきっかけにぜひ考えてみてください。企業は、未来を展望して行動できる学生を求めています。こういったニュースをきっかけに未来をシミュレーションして真剣に考えてみることは、きっと就活力を高めることにもつながるはずです。
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