「史上最悪」の日韓関係改善なるか
韓国の大統領に尹錫悦(ユンソンニョル)氏(61)が就任しました。これまでの文在寅(ムンジェイン)政権時代に「史上最悪」と呼ばれるまでに悪化した日韓関係ですが、進歩(革新)系から保守系への5年ぶりの政権交代が雪解けにつながるのではないかと期待されています。ただ、検察出身の尹氏はこれまで政治経験がない異例のリーダーで手腕は未知数。しかも国会では野党が過半数を占めていて、政権運営は簡単ではなさそうです。日韓は、政治的には対立が目立ちますが、歴史的に切っても切れない関係の一番近い国です。みなさんの中にも、人気グループBTSに代表されるK-POPや映画、ドラマなど韓流コンテンツのファンが多くいるでしょう。韓国はいまや世界10位の経済大国です。日韓は経済的な結びつきも強く、お互いに第3位の貿易相手国でビジネスも盛んですから、日韓関係は企業研究にも欠かせない要素です。歴史を振り返りながら、日韓関係の「キホンのキ」を押さえます。(編集長・木之本敬介)
(写真は、2022年5月10日、ソウルの韓国国会議事堂前広場で行われた就任式で宣誓する尹錫悦大統領=東亜日報提供)
忖度しない元検事
尹大統領ってどんな人なのでしょうか。首都ソウル出身でソウル大卒。司法試験を受け続け、9回目で合格して検事になりました。「権力から独立した検察」が持論で、保守系の朴槿恵(パククネ)元大統領をめぐる贈収賄事件を捜査指揮し、2017年に朴氏を逮捕。進歩系の文政権に評価され、2019年に検察トップの検事総長に就任しました。文大統領からは検察改革を期待されましたが、尹氏はここでも忖度(そんたく)なしで文氏の側近らを捜査。保守層からの支持で次期大統領に期待されるようになり、大接戦だった今年の大統領選で当選しました。ちなみに、両親ともに大学教授で、韓国経済学会の会長を務めた父親は一橋大学でも研究活動をしたそうです。
日韓の歴史をおさらい
肝心の日韓関係をおさらいしましょう。お隣同士で古くから多彩な交流を続けてきた両国ですが、その歴史は複雑です。大きいのは、16世紀の豊臣秀吉による朝鮮出兵と、1910年の日本による韓国(日韓)併合です。日本では英雄視される秀吉は韓国では「侵略者」であり、日本の初代首相・伊藤博文を暗殺した独立運動家・安重根は韓国では「国民的英雄」です。いまだに尾を引いているのは韓国併合で、1945年の第2次世界大戦敗戦までの35年間、日本は朝鮮半島を植民地として支配下に置きました。この間、日本語や日本流の名前への改名を強制し、多くの人たちを日本に強制連行しました。たくさんの在日韓国・朝鮮人の方が住んでいるのはこのためです。近代においては、歴史的に「日本は加害者、韓国が被害者」という基本構図があることは知っておかなければなりません。1965年、日韓国交正常化に伴って「日韓請求権協定」が締結されました。日本が韓国に経済協力資金として計5億ドル分を払うことを約束し、「完全かつ最終的に解決された」と確認しました。
慰安婦・徴用工問題
対立が続いているのは、「元慰安婦」と「元徴用工」の問題です。慰安婦は戦時中、日本軍の関与の下でつくられた慰安所で朝鮮半島出身の女性が将兵の性の相手を強いられた問題です。両政府は2015年、慰安婦問題が「最終的かつ不可逆的に解決される」と確認し、日本政府は「軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた」としておわびと反省を表明。韓国政府が元慰安婦らを支援する財団を設立し、日本政府は10億円程度の拠出を決めましたが、その後大統領になった文氏は「合意は誤りだった」などと国と国との約束をたがえるような態度を取ってきました。
徴用工は、戦時中に朝鮮半島から日本の工場や炭鉱などに労働力として動員されました。動員は、企業による募集や国民徴用令の適用などを通じて行われ、当時の公文書や証言からときに威嚇や物理的な暴力を伴ったことがわかっています。元徴用工への補償は、日韓両政府とも日韓請求権協定で解決済みとの立場ですが、不満を持った元徴用工らが日本企業などを相手に両国で訴訟を起こし争ってきました。韓国政府が認定した元徴用工は約22万6000人です。
(写真は、ソウルの龍山駅前に置かれる徴用工を象徴する像=2021年6月)
尹氏は関係改善に意欲
では、尹大統領は日本にどんな姿勢で臨むのでしょうか。大統領就任式に出席した林芳正外相は「両国間の懸案の本質的な解決に迅速に取り組む必要がある」とする岸田文雄首相の親書を尹氏に渡しました。文前大統領が歴史問題を政治利用したために関係が悪化したと指摘してきた尹氏も、関係改善に強い意欲を示しました。背景には、中国や北朝鮮の動きを念頭に、米国が日米韓の関係強化を促していることもあります。
ただ、問題の解決は容易ではありません。元徴用工をめぐる2018年の韓国大法院(最高裁)判決では日本企業に賠償が命じられ、資産が差し押さえられました。この資産が売却されて現金化されれば、取り返しが付かない事態になると心配されています。日本側は「韓国の国内問題として処理すべきだ」と主張し、解決のためのボールは「韓国側にある」との立場です。尹政権は現金化を防げば日韓関係が「最悪の事態」に陥ることはないとみていますが、一連の判決で最も手続きが進む三菱重工業のケースでは、すでに大法院が売却命令を出していて、今夏にも現金化に至る可能性があります。尹政権内では政府が賠償を肩代わりする案が検討されていますが、政権の支持率は4割程度のうえ、肩代わりには立法措置も必要ですが、前政権を支え、国会の過半数を握る野党の同意も見通せません。
(写真は、韓国の尹次期大統領と電話会談後、取材に応じる岸田文雄首相=2022年3月11日、首相官邸)
就職のため「8大スペック」を競う若者たち
最後に、みなさんと同世代の韓国の若者が置かれている状況を説明します。韓国では日本よりも大企業と中小企業の賃金の格差が大きく、より良い待遇を求めて狭き門に多くの若者が殺到します。大企業に入るのに有利だからと、有名大学の受験競争も激化。それでも、大卒の就職率は6割台に下がりました。全企業の0.3%しかない大企業への就職を夢見て就職浪人をする学生も多くいます。ニッセイ基礎研究所の主任研究員の金明中さんによると、若者は差別化を図ろうと「スペック」を積むことに熱中するようになったといいます。数年前までは大学の名前と成績、TOEICの成績、留学経験、資格の「5大スペック」が就職の必須条件と言われていましたが、さらに受賞歴などを加えた「8大スペック」が基本に。文政権期に格差が深刻化したため、今ではもっと増えているとも言われるそうです。有名大学や大企業に志望者が集中し就職できない人が増える――というミスマッチの解消が大きな課題となっているのです。若者の就職難への尹大統領の取り組みにも注目してください。
単純に比較はできませんが、日本政府発表の2021年卒の大学生の就職率は96%。調査を始めた1997年卒から9割を下回ったことはありません。みなさんの就活は韓国よりも恵まれた状況とはいえそうですが、人気の大企業ばかりに目を向けず、早い時期から優良な中堅・中小企業にも視野を広げることをお勧めします。
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