2度目の住民投票要求へ
欧州連合(EU)から離脱した英国が揺れています。北部のスコットランド自治議会の選挙で、スコットランド国民党(SNP)など英国からの独立を掲げる政党が勝利しました。SNPは独立の是非を問う2度目の住民投票を求める方針です。住民投票実施の権限はスコットランド自治政府ではなく英国政府にあり、ジョンソン英首相は拒否する姿勢ですが、地元世論の反発が高まって対立が深刻化するかもしれません。英国では、北アイルランドでも分離の動きがあり、連合王国(UK)が分裂する可能性がささやかれ始めました。きっかけは英国のEU離脱(ブレグジット)です。スコットランドも北アイルランドもEU残留派が多数だったうえ、離脱をめぐる混乱が収まらないためです。ヨーロッパの大国の行方を日本企業も注視しています。英国の成り立ちから学び直しましょう。(編集長・木之本敬介)
(写真は、2017年の党大会で演説するSNPのスタージョン党首=スコットランド北東部のアバディーン)
UKの歴史振り返り
英国の正式名称は「United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland」(グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国)。よく聞く「UK」という略称は「連合王国」のことなんです。大ブリテン島にあるイングランド、スコットランド、ウェールズと、西隣のアイルランド島にある北アイルランドの4地域から成り立っています。英国国旗ユニオンジャックは、白地に赤十字のイングランド旗と青字に白い×印のスコットランド旗などを組み合わせたデザインです。もともと別の国でしたから民族意識も強く、今でもラグビーやサッカーのワールドカップではそれぞれのチームで戦っています。
歴史を振り返ると、11世紀に成立したイングランドは、まず16世紀に西部のウェールズを併合。1707年に独立王国だったスコットランドと統合し連合王国ができます。1801年にはアイルランドを併合しますが、1922年にアイルランド南部(現アイルランド共和国)が独立し北アイルランドは残りました。
英首相は拒否の姿勢
スコットランドでは、今回の議会選挙で勝ったSNPのスタージョン党首が引き続き首席大臣(首相)を務め、2014年に続く住民投票実施を英政府に要求する方針です。スタージョン氏は勝利演説で「住民投票は、過半数の議員を選んだ市民の委託であり、国の意思だ」と述べ、今後5年の任期中に実施すると宣言。「ジョンソン首相だろうと誰だろうと、スコットランド市民が未来を選ぶのを阻むことは、民主主義の正義に反する」と述べました。
2014年の住民投票では、独立反対が55%と賛成の45%を上回りました。ジョンソン英首相は、独立を争点にした住民投票は「一世代に一度」であるべきだとし、やり直しは「無責任だ」と反対しています。
EU再加盟めざす
一度は消えたはずの独立の機運が高まったのは、英国がEUを離脱したためです。2016年に行われた離脱をめぐる国民投票で、スコットランドでは62%が反対でしたが、英国全体では賛成がわずかに上回り離脱が決まりました。英国人口の8割超を占めるイングランドを中心に、移民の増加や、貿易ルールなどの政策でEUと足並みをそろえることへの反発が強かったためで、2020年1月末にEUを抜けました。
スコットランドには欧州大陸や北欧の観光客が多く訪れ、貿易でもEUと深いつながりがあります。もともと公共サービスの充実や寛大な移民政策が支持される傾向もあり、親EUの意識が強いといわれ、イングランド主導で離脱が決まったことにスコットランド住民は不満を募らせてきました。2014年の住民投票では、EU離脱反対派が「英国から独立すればEUの市民権も失う」と主張。EU残留を願って独立に反対したのに、その後、英国全体が離脱してしまったことから独立支持に転じた人も多く、SNPは「状況が変わった」としています。SNPは議会選挙で、英国から独立することで「ブレグジット(の混乱)から脱出」でき、独立後にEU再加盟を果たせば「英国の7倍あるEU単一市場への完全なアクセスを取り戻せる」などと訴えました。
人口はデンマーク、フィンランドと同規模
スコットランドの面積は英国全体の3分の1、人口と国内総生産(GDP)は1割ほどに過ぎません。それでも、人口約550万人はデンマークやフィンランドなどと同じ規模で、北海油田など天然資源に恵まれ、漁業やスコッチウイスキーなどの食品産業、金融業も盛ん。立派に自立できると考える独立派が多くいます。
ただ、住民投票実現へのハードルが高いうえ、独立するにしても課題が多く、まだ先行きは見えません。英国ではポンド、EUではユーロが使われている通貨をどうするかや、EUに入ると非EUの英国との間には関税措置などが必要になりますが、輸出の6割が向かう英国との貿易障壁は経済的に大きな打撃です。成長産業の金融はロンドンとの結びつきが強という事情もあります。
(写真は、青と白のスコットランド旗に、EU旗を重ね合わせた図柄の旗が民家の窓に=2021年4月、アバディーン)
北アイルランドは「EU側」に
北アイルランドも、英国のEU離脱に翻弄(ほんろう)されています。北アイルランドはEU加盟国のアイルランド共和国と同じ島にあります。加盟国同士ならモノの行き来を自由にできますが、英国の離脱で通関検査が必要になりました。北アイルランドではかつて、英国との一体性を重視する多数派プロテスタント系住民と、アイルランド統一を願うカトリック系住民による「北アイルランド紛争」が1998年の和平成立まで約30年続いた歴史があります。島に通関設備をつくれば住民の帰属問題を再燃させかねない一方、通関手続きをしないわけにもいきません。そこでジョンソン英政権は、北アイルランドと残りの英国を隔てるアイルランド海に貿易上の境界をつくり、ここからEU側へ入る品は英国の責任で検査する「奇策」を取りました。このため、北アイルランドは英国の一部なのに通商では「EU側」になり、検査に手間取って食品などが届きにくくなる事態が起きているのです。
EU離脱の国民投票で、北アイルランドでは残留賛成票が多数でした。2021年1月の世論調査では、今後5年以内に、英国に残るか統一アイルランドに加わるか、北アイルランドの帰属をめぐる住民投票を「すべきだ」と答えた人が51%にのぼり、「すべきでない」と答えた人の44%を引き離しました。
英国の行方は、1000社以上が進出している日本企業にも大きく影響します。今後に注目してください。
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