公民権運動以来のうねり
人種差別に抗議するデモが全米に広がり、1960年代に法的な差別禁止を実現した公民権運動以来の大きなうねりとなっています。法的には平等でも奴隷制度から続く米国の人種差別はいまだに根深く、たびたび大きな問題になります。今回は、新型コロナウイルスの感染拡大とともに白人と黒人の格差が浮き彫りになったほか、トランプ大統領が分断を助長するような発言をしていることもあり、異例の事態に発展しました。この動きで格差解消が進み差別のない社会に向かうのか、あるいは分断が広がるのか、歴史を振り返りつつ考えます。差別はけっして、ひとごとではありません。(編集長・木之本敬介)
(写真は、ホワイトハウス周辺での抗議デモ=6月6日、ワシントン)
何が起きてる?
米国の中西部ミネソタ州 ミネアポリスで5月25日、白人警官が黒人男性のジョージ・フロイドさん(46)の首をひざで押さえつけて死なせる事件が起きました。男性は「息ができない、プリーズ、プリーズ」と助けを求めたのに警官は約9分間も押さえ続けました。その様子を撮影した動画が公開され、市民の怒りが爆発しました。デモは全米50州、140都市のほか、世界各地に広がりました。関わった警官4人は懲戒免職になり、殺人罪などで起訴されましたが、デモの勢いは収まっていません。「Black Lives Matters」(黒人の命は大事だ)がスローガンになっています。
米国では警官が一方的に黒人を犯人扱いして暴力をふるう事件がたびたび起き、問題になってきましたが、今回はかつてないほどの広がりをみせています。6月2日には米国の音楽業界で、人種差別や警察の残虐行為に抗議する「Blackout Tuesday」(真っ暗な火曜日)という活動が行われ、人種差別や警察の残虐行為に抗議するクインシー・ジョーンズさん、ビリー・アイリッシュさんら多くのミュージシャンや、アップルミュージック、ソニー・ミュージックがインスタグラムなどSNSやWEBの画面を真っ黒に。スポーツ界にも広がり、テニスの大坂なおみ選手、米メジャーリーグの大谷翔平選手、米バスケットボールNBAの八村塁選手らも参加しました。デモも日本を含む各国で起きており、怒りは人種や世代、国境を超えて広がっています。
リンカーン~キング~オバマ
歴史を振り返ります。北米大陸では17世紀、英国から移住した白人がアフリカから連れてきた黒人を農場などで働かせるようになり、18世紀には奴隷制度が確立。この奴隷制度をめぐって起きた南北戦争中の1863年にリンカーン大統領が奴隷解放宣言を出しました。しかし、その後もとくに南部の州を中心に差別が公然と制度化されていて、白人と黒人は住む場所も乗るバスもトイレも別でした。奴隷解放宣言からちょうど100年後の1963年、差別撤廃を求める公民権運動が盛り上がり、25万人の「ワシントン大行進」を率いたマーチン・ルーサー・キング牧師が歴史に残る名演説を残しています。
「私には夢がある。いつの日か、私の4人の幼い子どもたちが肌の色ではなく、人格そのものによって評価される国に住むと」
翌1964年、人種差別禁止や平等な選挙権を保障する公民権法ができ、法的には黒人も白人も平等になりました。2009年にはバラク・オバマ氏が米国史上初の黒人大統領に。その間も差別は根強くありましたが、2017年に白人保守層を支持基盤に当選したトランプ大統領が誕生。ときに差別をあおるような発言をすることで、社会の「分断」が進んだといわれています。
コロナで「命の格差」
今回の抗議デモが広がった背景にあるのが、白人と黒人の格差の問題です。法的な差別はなくなっても賃金の差は大きく、景気によって上下する失業率も黒人は常に白人の2倍ほどです(グラフ参照)。新型コロナは、そんな黒人社会により深刻な事態をもたらしました。コロナによる人口あたりの黒人の死者は白人の2倍以上。貧困や医療アクセスの悪さに加え、介護施設職員、小売店や飲食店の店員、バス運転手など、感染リスクが高い職業に就く割合が高いことも影響しています。外出が禁止されると、オフィスワーカーが多い白人より、在宅では対応できない仕事が多い黒人の失業が深刻な事態となりました。人種の違いが経済の格差を生み、「命の格差」にまでつながりました。長年続いてきた差別や格差がコロナ禍で顕在化したところに、今回の事件が起きたわけです。
11月の大統領選への影響も注目されます。バイデン前副大統領が民主党候補に決まりましたが、世論調査ではバイデン氏がトランプ氏を10ポイント以上上回っています。トランプ氏がホワイトハウス前での抗議デモを強制排除するなど批判を集めているのに対し、バイデン氏は「新型コロナを通じて、長年の格差問題があらわになった」と格差解消に取り組む姿勢を強調しています。
ひとごとじゃない
差別問題はけっしてひとごとではありません。日本人が米国で差別されることもありますし、日本国内にも差別はあります。生まれた地域で差別をする部落問題はいまだになくなっていません。在日韓国・朝鮮人への差別も根強く、彼らを誹謗(ひぼう)中傷するヘイトスピーチが各地で問題になっています。この数年で急増した在日外国人に対する差別もあるといわれます。
大坂なおみさんはツイッターにこう書き込みました。「あなたの身に起こっていないからといって、全く起こっていないことにはならない」
この機会に差別について考えてみてください。
(写真は、大阪の中心部で行われた人種差別抗議活動に賛同するデモ=6月7日、大阪市内)
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