「所有」から「利用」への転換点
新型コロナウイルスの影響で多くの企業が苦境に陥る中、ネットフリックスに代表される映像や音楽の配信サービスが売り上げを伸ばしています。外出を控える「巣ごもり」で家にいる時間が長くなっているからです。多くは定額制のサービス「サブスクリプション」(サブスク)と呼ばれるビジネスです。サブスクはネットによる配信サービスに限りません。自動車、ファッション、野菜、喫茶店、美容院……、多様な業種に広がっています。モノの「所有」が中心だった消費が「利用」中心に変わる大きな転換点ともいわれています。サブスクのあれこれを知り、これからの大きな可能性を考えてみましょう。サブスクリプションはもともと予約購読の意味で、伝統的メディアである新聞や雑誌もサブスクビジネスの一つです。(編集長・木之本敬介)
(写真は、ネットフリックスの番組の画面=同社提供)
ネトフリ絶好調
ネットフリックスは、世界190カ国超に展開する米国の動画配信最大手です。2020年3月末の有料会員数が、前年末から1600万人近く増えて1億8286万人になったと発表しました。事前の予測より2倍以上の増加です。米国の会員数が6000万人に達し頭打ちとの見方もありましたが、新型コロナに伴う米欧の外出禁止令などが追い風になりました。日本なら月額800円からという定額料金で、たくさんの映像が見放題です。同社は「(人々が)自宅にとどまっていることで、会員数の増加が一時的に加速した」と説明しました。2019年11月に米国などでサービスを始めた米ウォルト・ディズニーの動画配信サービス「ディズニー+(プラス)」も5カ月で有料会員数が5000万人を突破しました(日本では年内にサービス開始予定)。定額動画配信の契約数は2021年に19億件近くにまで増えるとの予測があります(調査会社IHSテクノロジー)が、今回の世界的な「巣ごもり」でもっと増えるかもしれません。日本ではほかに、海外発のアマゾンプライムビデオ、U-NEXT(ユーネクスト)など国内の老舗、NTTドコモのdTV、日本テレビが子会社にしたHulu(フールー)などがシェア争いを繰り広げています(表は2019年3月8日の朝日新聞に掲載したもの。「ディズニーデラックス」は「ディズニー+」とは別のサービス)。
ネットフリックスは顧客データを徹底的に分析し、顧客の志向を見極めるアルゴリズムを開発してきました。近年は独自コンテンツの制作に力を入れ、2019年は約1.6兆円をつぎ込みました。日本の民放5社(単体)の売上総額を上回る巨額投資です。広告主の意向を気にするテレビ局より過激な表現もできます。広告収入で運営するテレビ局はいずれ変革を迫られることになるとみられています。
(写真は、ネットフリックスのドラマ「全裸監督」のデザイン画面、世界に配信された)
サブスクは「救世主」
音楽市場でもサブスクが全盛です。動画や音楽の配信では、一つひとつのコンテンツをダウンロードせずに受信しながら見たり聴いたりする「ストリーミング」が主流。全米レコード協会によると、ストリーミングは2019年、音楽産業の収益の75%を占め、有料会員は5000万人を超えました。米投資銀行ゴールドマン・サックスは世界の音楽市場が2030年までに約4兆9000億円に成長し、ストリーミングの収益も約3兆円が見込めると発表しました。CDが売れなくなり、米国の音楽市場の規模はピーク時の半分になった時期もありましたが、サブスクが「救世主」となって盛り返した形です。
CDが主流の日本の音楽市場でも、サブスクは急伸しています。あいみょん、King GnuやOfficial髭男dismのヒット曲もここから生まれました。2019年は松任谷由実(ユーミン)、宇多田ヒカル、椎名林檎、ミスターチルドレン、2019年も安室奈美恵、星野源、嵐、サザンオールスターズといった大物が聴けるようになりました。CDは売り上げ枚数が収益になりますが、ストリーミングはサービス側が収益の一部を総再生回数に応じてレコード会社やミュージシャンに分配する仕組みです。日本レコード協会が発表した2019年の音楽配信売り上げで、ストリーミングは465億円と前年より33%も伸びました。同協会のユーザー調査でも、2019年にサブスクで音楽を楽しんだ人が26%と4人に1人に。日本では、スポティファイ、アップルミュージック、LINEミュージック、AWAなどが月に1000円前後で聴き放題です。
(写真は、Official髭男dismのメンバー=2019年7月11日、東京都港区)
そもそもサブスクって?
米国で広まったサブスクビジネスが日本でも目立ち始めたのは、ネットフリックスが上陸した2015年ごろ。現在では300ほどのサービスがあるとみられ、2019年には「サブスク」が新語・流行語大賞にノミネートされました。「日本サブスクリプションビジネス大賞」も設けられ、おもちゃのレンタルサービス、美容室の使い放題、カメラ機材のレンタル、宅配型のクリーニングサービスなどが受賞しました。左の一覧表は、2019年の2月の朝日新聞に載ったサブスクの例です。ほかにも、家具・インテリア用品、ロボット掃除機など家電、高級絵画などのレンタル、コーヒーや紅茶が飲み放題になる喫茶店、高性能エステマシン使い放題、サラダの定期宅配サービスなどが記事で紹介されました。
2019年12月に東京証券取引所マザーズに上場したクラウド型会計ソフトのfreee(フリー)もサブスクビジネスを展開する企業です。顧客が月額で利用料を払い、ネット上のクラウド経由でサービスを利用するSaaS(サーズ=ソフトウェア・アズ・ア・サービス)いう仕組みです。従来のソフトは1回買い切りで、更新するには買い直さなければなりませんが、クラウドなら常に最新機能のソフトを使えます。Freee側は利用料を毎月受け取るため安定収入が見込めます。このように、サブスクビジネスは顧客数・顧客単価・契約期間の三つの軸で経営状態を把握できるため、計画が立てやすく、業績の変動もゆるやかだといわれます。
矢野経済研究所の推計では、2019年度に6835億円のサブスクの市場規模が2024年度には8割増の1兆2117億円に増える見通しです。月に1000円前後の料金でも、利用者数が増えれば消費総額は膨らみます。顧客は買って終わりではなく、一度気に入ると長期にわたって利用し続けます。中でもオンライン配信のサブスクビジネスでは、企業は把握した顧客の利用データを、より良い製品やサービスの開発、提供につなげることができるのも特徴です。
ソニーはゲームでサブスクビジネス
サブスクを利用して既存事業の転換に成功したのがソニーです。新型コロナの影響でテレビなど家電分野が大きく落ち込み、稼ぎ頭のゲーム事業でもプレイステーション4などハードの売り上げは滞っています。しかし、サブスク型の事業として力を入れてきたゲームでネットワークの会員数が増え、音楽事業とともに経営を支える存在に成長しました。
ただ、すべてのサブスクビジネスがうまくいっているわけではありません。トヨタ自動車が2019年に始めた新規事業「KINTO(キント)」は苦戦しています。車両代のほか任意保険や自動車税を含む定額料金を毎月払えば3年間、新車に乗れるサービスで、車種は十数種から選べます。若い世代の車離れに歯止めをかける狙いもあるのですが、3月から11月の累計申込件数は951件でした。駐車場を別途、自分で用意しなければならないこともネックになっているようです。紳士服大手のアオキは2018年にスーツやシャツなどのサブスクを始めましたが、半年ほどで撤退しました。「システム構築や運用コストがかさみ、黒字化を見込めなかった」(広報部)そうです。
新聞もサブスク
新聞や雑誌の定期購読も古くからあるサブスクビジネスですが、米国の大手新聞社ニューヨークタイムズ(NYT)が今、注目されています。同社は2020年1~3月に電子版の購読者数が46万8000件増と過去最大の伸びを記録したと発表しました。新型コロナをめぐる報道が新たな読者を引きつけ、4月末時点で電子版の購読者数が400万件に達したそうです。NYTは3月、新型コロナの記事の多くを有料契約者でなくても読めるようにしました。3月の月間ページビューは25億と普段から倍増。「米国の成人の半分超がNYTにアクセスした」ことが新たな有料読者の獲得につながりました。電子版、クロスワードアプリなどを合わせたデジタルの有料契約者の総数でも1~3月は58万7000件増と過去最大の伸びを記録し、4月末時点で紙の新聞も含めた契約者が600万を突破。2025年までに1000万件に伸ばす目標を掲げています。コロナ禍で、米国では広告収入に頼るネットメディアや地方紙、テレビの苦境が深まる中、同社トップは「広告への依存を減らし、購読料を重視するビジネスモデルで我々は優位に立っており、コロナ後の世界でも成功する」と話しています。コロナ禍でデマの拡散が問題になる中、信頼できる報道が求められています。日本のメディアにも大いに参考になりそうです。
(写真は、ニューヨーク・タイムズの本社ビル=米ニューヨーク市)
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