2016年10月12日

「奇跡の復興」とげた製紙工場…出版文化担う「矜持」とは

テーマ:文化

ニュースのポイント

 東日本大震災のとき、出版業界が深刻な紙不足に陥ったのを知っていますか? 本や雑誌の発売延期や紙の変更が相次ぎました。東北地方は製紙業の拠点。中でも、国内の出版用紙の約4割を供給する日本製紙の工場が津波で壊滅的な被害を受けたためです。その復興を支えたのは、「出版文化を担う矜持(きょうじ)」でした。(編集長・木之本敬介)

 今日取り上げるのは、オピニオン面(15面)の「リレーおぴにおん・本と生きる⑨ 紙の質・手触り 妥協せず/日本製紙石巻工場技術調査役 佐藤憲昭さん」(東京本社発行の朝日新聞朝刊最終版)です。
(写真は「完全復興」した日本製紙石巻工場の製造ライン=2012年8月30日 )

東北が製紙業の拠点って知ってる?

 日本製紙石巻工場は、印刷用紙、新聞用紙などの主力工場で、震災前は8台のラインで年約100万トンを生産していました。ところが、2011年3月11日、津波で設備がほぼ全壊して操業を停止。他の工場も被災し、出版業界は紙不足に陥ります。集英社がコミック8点の発売を延期、岩波書店は新書や雑誌をふだんと違う種類の紙で印刷しました。

 当時、ふだん私たちの身の回りに当たり前にある紙が不足したことで、震災の影響の大きさを改めて実感するとともに、紙のありがたさを感じたものです。東北地方は製紙業が盛んだと、地理で習ったことも思い出しました。
(写真は震災直後の日本製紙石巻工場=2011年3月、同工場提供)

「紙つなげ!」

 石巻工場で働いていた約1300人は高台に逃れて全員無事でしたが、勤務外の社員や関係会社の社員ら20人が亡くなりました。構内は、流されてきたがれきや自動車で埋まっていました。多くの従業員が工場閉鎖か復興に何年かかるかと不安を募らせる中、工場長は「まず、1台」「期限は半年」と宣言。自らが被災者でもある従業員たちは、電気もガスも水道も復旧の見通しが立たない状況から立ち上がり、2011年9月に操業を再開させました。

 いかに復興にこぎ着けたのか。社長、工場長、社員や家族などの話を丹念に聞き、検証したのが「紙つなげ! 彼らが本の紙を造っている 再生・日本製紙石巻工場」(佐々涼子著、早川書房=写真)です。彼らを支えたのは「この工場が止まるときは、日本の出版が倒れるとき」という矜持でした。モノづくりの精神、出版や製紙業界の事情、リーダーシップのあり方なども学べる本です。私も読みましたが、奮闘する社員の姿に心を打たれ、涙腺が何度も緩みました。みなさんもぜひ読んでみてください。

矜持とこだわり

 「まず、1台」に選ばれて復興の象徴となったのが、今日の記事に登場する「8号マシン」です。ハードカバーの本に使う上質紙や文庫本、コミック向けなど印刷や出版に使われる多様な紙をつくる抄紙(しょうし)機で、これを管理しているのが佐藤さん(写真)。辞典と子ども向けコミック誌では、紙の色、厚さ、密度も全く別。本の用途に合わせて配合を変えてつくるのです。本が売れて増刷する「重版」をするときには、初版と同じ品質の紙をつくらなければなりません。職人技ですね。

 佐藤さんは最後にこう語っています。
 「本の電子化が進みましたが、それでも紙の本を買う人は、情報よりも本という価値観、財産を買っているのではないでしょうか。本を愛する方々のために、紙をつくっていきます」
 紙づくりに対するこだわりと、矜持が伝わってきますね。

 自分の仕事に、こうしたプライドを持てるのは素晴らしいことです。うまくいかないとき、失敗したとき、つらいときに頑張りを支えてくれます。次に挑むモチベーションにもなります。仕事選びでもっとも大切なことの一つです。会社説明会やOB・OG訪問などで聞く社員の話から、「矜持」をくみ取ってください。

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