2015年12月24日

本の値引き攻防戦で考える 公益って何?

テーマ:メディア

ニュースのポイント

 今宵はクリスマスイブ。私が子どものころ、親からもらうプレゼントの定番は欲しかった本で、紙の匂い、ページをめくるときに起きる風、いろんなものを大切に味わった記憶があります。本といえば今年6月、ネット通販大手のアマゾンが、日本で初めて、キャンペーンの形で、ダイヤモンド社など中堅出版社を含む5社約110タイトルについて期間限定の値引き販売をして話題になりました。しかし、12月から再度、実施している同様の値引き販売に参加した出版社は1社のみで、しかもアマゾン単独の値引きではなく、一般書店でも同様の取り組みをしています。前回参加した出版社はなぜ今回は見送ったのでしょう。(副編集長・奥村 晶)

 今日取り上げるのは、3面(総合面)の「本の値引き 仁義なき攻防/アマゾン「脱再販・直取引を」/書店は締め付け 出版社戸惑い」です。
 記事の内容は――ネット通販大手のアマゾンが、刊行から一定期間を過ぎた一部の本の値引き販売を始めた。本は再販売価格維持制度に基づく定価販売が普通だが、出版社から“要望”のあった本の値引き販売は認められている。ただ、参加するのは1社のみ。出版界の慣行を揺さぶる「黒船」への警戒感は根強い。

(東京本社発行の朝日新聞朝刊最終版から)

就活アドバイス

 私は出版部門で働いていたこともあるので、書店をブラブラ歩くのが大好きなのですが、アマゾンで本を買うこともあります。刊行から時間が経っていて、新刊中心の品ぞろえをしている書店ではなかなか見つからない本などが購入でき、しかも届けてもらえるというアマゾンにはユーザーとしては感謝の気持ちしかありません。

 そのうえ、欲しい本が安く買えるとしたらありがたい話です。実際、この記事の中で、アマゾンジャパンの担当者は「6月に値引き販売したときは前後1カ月と比べ2倍売れた」と話しています。2割値引きして、2倍売れたら、出版社としても「おいしい」はずです。

 しかし、ことはそう単純な話ではありません。アマゾンの値引き販売に参加した出版社は、大手書店から猛烈な反発を受けました。抗議の意味を込めて、その出版社の本は書店から続々と返本されてしまいました。

 公正取引委員会は出版社が書籍・雑誌などの再販売価格を拘束することを認めています。これがいわゆる再販制度です。普通の品物であれば、小売店が自由に設定できるはずの価格が、本や雑誌では固定されています。なぜでしょうか。出版社による業界団体、日本書籍出版協会はHPで再販制度の理由を「全国の読者に多種多様な出版物を同一価格で提供していくために不可欠なものであり、また文字・活字文化の振興上、書籍・雑誌は基本的な文化資産であり、自国の文化水準を維持するために、重要な役割を果たしています」「この制度によって、書籍や雑誌を全国同一の安い価格でご購入いただいています」としています。「安い価格」については受け止め方の個人差があると思いますが、同協会の言いたいことをわかりやすくたとえるならこういうことです。

 本は出版社から取次会社に卸され、そこから全国の書店に配本されていますが、取次がなくなり、小売店(書店側)が入荷する本を出版社から直接買い、値付けも自由にできるようになると、どこの書店もよく売れる本ばかりを置くようになります。安売り合戦など始まってしまうと、利幅が圧縮され、町の小さな本屋さんはひとたまりもありません。結果的に、本の種類が減り、書店が減り、買いたかった本以外の本との「偶然の出会い」が減ります。

 価格の安さ、利便性などはユーザーにとって大事なメリットです。一方で、それを追求することによって、業界全体の衰退が加速し、結果的にユーザーが受けるデメリットもあるのです。

 出版業界に限らず、右肩下がりの業界にあえて挑戦しようと思っている人は、好きやあこがれだけでなく、その業界が社会に広くもたらす利益、「公益」について、じっくり考えてみることをおすすめします。もちろん変化なくしては生き残れないわけですから、「自分ならこう変える」を必ず一緒に考えてみましょう。

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